Data No. 34 |
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北上山地
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【エーデルワイスに誘われて】 「岳人」と「山と渓谷」に東北の山の特集があった。グラビアに早池峰の姿と、ヨーロッパのエーデルワイスに日本では一番近い種類だという「ハヤチネウスユキソウ」を始めとした高山植物の花が紹介されていた。2,000m足らずの山でありながら、森林限界の低いアルペンムード満点の岩山であることも初めて知った。ヨーロッパアルプスの大ファンである私としても、是が非でも行ってみたくなった。そして、この夏もいろいろと登山計画があったが、急遽早池峰登山も組み入れた。 7月16日(土曜) 今朝は曇ってはいるが雨は降っていない。花巻駅前にはバスを待つハイカー十数名が既に行列を作っていた。5:35、早池峰登山口、河原の坊行バスが発車。花巻市街を離れると、しばらくは新幹線の高架に沿って北上し、右手に見えている北上山地へと向かってカーブを切る。バスの車内ではラジオを流していたが、折しも、朝のリクエスト曲で、ダークダックスの歌う「エーデルワイス」が流れる。 Edelweiss, Edelweiss エーデルワイス、エーデルワイス あまりにタイムリーなリクエスト曲に車内のハイカー達は、しばし仲間達との会話を中断し、うっとりと聞き惚れた。こんな天候の日に山に登る目当ては何と言っても、エーデルワイスを見ることだから。曇天で暗い気分でいた乗客を、この曲が元気付けてくれた。エーデルワイスがきっと温かく迎えてくれるだろう。 バスは北上山地奥深くへと進み、ワインが有名な大迫(おおはざま)町を過ぎ、両側からトンネルのように覆い被さる樹木の枝にぶつかりながら狭い道を登って行く。北上山地の自然は逞しく、道路両側にはびっしり草木が生い茂り、黒い土など全く見えない。早池峰神社のある岳(だけ)集落でもかなりの数のハイカーが乗り込んで、8割方の座席が埋まった。麓では止んでいた雨が再びしとしとと降り出してきた。7:20、バスは終点の河原ノ坊に到着。 しっとりと身体に纏わりつく霧雨が降る。バス停傍の自然保護センターの休憩所で軽く朝食をとる。急いでもゆっくり登っても、下山のバスは15:30しか無いので、時間は充分だ。晴れていれば山頂でゆっくりすれば良いが、今日の天気では山頂の期待は薄い。到着したハイカー達は三々五々雨の中を出発して行くので、私も7:45、ポンチョを装着して出発。目指す山はガスで全く見えない。 道標に従い、澄んだ水の流れるコメガモリ沢に沿って登る。何度か沢を渡っている内に、先に出発した人々を殆ど追い越した。他人の尻を見ながらの登りからは開放されたが、単調な沢沿いの登りは結構辛い。汗をかくとポンチョの下で蒸れて不快なので、途中で脱いでしまった。沢は次第に傾斜がきつくなる。1時間ほどで沢が狭くなった処にある頭垢離(こうべごうり)に到着し、沢を離れて右へ折れる。 傾斜は更に急になる。先を歩く人達が、足元を指差したりカメラを構えているので何だろうと思い、注意しながら追い着いてみると、待望のハヤチネウスユキソウが咲いていた。綿を纏ったような白い花は、予想したほど綺麗ではなかったが、他所では見られない花なので写真を沢山撮る。紫のミヤマオダマキや白いチングルマの方が、色も鮮やかで見栄えがしていた。 しかし、更に登り続けると、岩の隙間を埋め尽くすように、もっと元気で溌剌と群れを成しているハヤチネウスユキソウの姿が増えて行った。これが群落をなすと、周囲の花を圧倒し、さすがに早池峰の女王の貫禄を見せる。この山の地質は古生層で、山頂付近はこの層を貫いて地表に噴出した蛇紋岩から成る。この蛇紋岩が長い間の侵食に耐えて残った「残丘」が早池峰だ。そして氷河時代に北方からやって来た植物が特殊な地質のお陰で、氷河期を過ぎても他地域の植物の侵食から免れ、日本では此処でしか見られない数々の高山植物を残し、すぐ隣の山にさえも無い種類の花が沢山あるのだという。 登山道は既に森林限界を越え、巨大な岩が堆積する急斜面を行く。細かい雨粒と共に、麓から吹き上げる風が強く、再び着たポンチョをパタパタ煽って歩き難い。高山植物の花がせめてもの慰めだ。天狗が飛行中に霧にまかれて頭をぶつけたという「打石」という巨岩を過ぎると、風の抵抗は更に増した。頭上に要塞のように聳える数々の岩を縫ってひたすら辛抱で登る。 10:22、ひょっこりと頂上に到着。避難小屋があり、早池峰神社奥宮が目に入った。景色が何も見えないので、山頂標識の前で記念写真を撮り、避難小屋に入る。小屋は強風を避けられるよう、一段低い所に建つ。中には数人の先客がいて挨拶を交わす。頑丈な木造の、居心地が良さそうな小屋だ。荒れもようの戸外とは別世界の快適さだ。この小屋が無かったら、即座に下山せざるを得なかったであろう。濡れたシャツを絞るとジューと水が滴り落ちる。悪天候なので、出来るだけ早く下山した方が良いと判断し、面倒な昼食は省略し、コーヒー、スープ、菓子類だけで腹をごまかす。 11:17、下山にかかる。下山には小田越(おだごえ)ルートをとる。花が見事な「賽の河原」、苗場山頂上を思い出させる「お田植場」と、比較的平坦な山稜をたどる。今日の天気が返す返すも残念である。晴れていれば、花一杯の山頂で思い切りゆっくりと過ごせたであろうに。 平坦な稜線漫歩はやがて終わり、急な岩稜の下りが始まる。巨大な一枚岩に取り付けられた鉄梯子を下り、両手をフルに使わねばならない岩を跨いだりで、岩は雨にも濡れているため、なかなかピッチが上がらない。それでも、登りコースよりも花が綺麗だと感じたのは下りの余裕からなのか。 何処が何合目なのか分らなかったが、急峻な岩稜が「一合目」と立て札のある所で突然終わり、森の中の緩やかな道になった。其処から鳥居をくぐり車道に合流する小田越迄はいくらもなかった。悪天候ながら、無事に早池峰登山は果たした。河原ノ坊迄は車道を歩いて30分。麓は風が無かったものの、頂上よりも雨が強く降る。13:15、河原ノ坊の自然保護センターに到着すると、番人のおじさんが出迎えてくれた。私が下山第一号らしい。同じバスでやって来た人々の大半は途中で諦めて帰ったらしい。道理で山頂の小屋でも、途中で追い越した人がいつまで経っても来なかった訳だ。 2時間以上も河原ノ坊でバスを待つより、温かい食事をしたく、6.7kmの道を岳集落迄歩く。暑苦しいポンチョはしまい、傘をさして出発。退屈な舗装道路を延々一時間余りハイピッチで下り、14:45、岳に到着。峰南荘という所で、やっとまともな食事(カツ丼)にありつく。念願の早池峰のバッヂも購入。この岳はひなびた山奥の集落だが、立派な早池峰神社があり、登山基地として殆どの民家が民宿を営む。 15:48、河原ノ坊から下って来たバスに乗り込み花巻へ戻る。今朝バスに乗っていた乗客の大半は居なかった。登山を諦め、午前中に麓に降りたのだろう。 私はそれでも無理して登ってきて良かったと思った。あの綺麗なエーデルワイスの花畑を見ただけでも収穫であり、きっとまた何時か晴れた日に再訪したいという気持ちが更に強くなった。 花巻駅から東北線各駅停車で盛岡に出る。盛岡ではホテル・リッチに宿泊。雨と汗に濡れた衣類を全て着替えて風呂に入ると天国に昇ったような気分だ。 7月17日(日曜) 前日に増して天気が悪い。八幡平に行ってみようという気がサッパリと消え去り、チェックアウトタイムぎりぎりまでホテルで過ごす。むしろ天気が悪くて、休養の良い口実になった。かといってさっさと東京に戻るのもつまらないので、土産物屋を見物し、駅前のサウナでじっくりと汗を流し、冷たいビールを味わい、早池峰の思い出に浸りながら盛岡旅情を味わう。 15:00、スーパーやまびこで盛岡を後にする。進行左手の北上山地は厚い雲に隠れていて、早池峰は名残の挨拶さえもくれなかった。■
早池峰登山行程 7月15日(金曜) 7月16日(土曜) 7月17日(日曜) |