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Data No. 1 |
データ: |
苗場山
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10月3日金曜日夜、とき13号で帰省。4日夜、従兄のIY君と苗場山登山の計画を練る。私にとって、本格的な山登りなどは初めてに等しいから、期待半分、不安半分といったところ。 10月5日早朝、果たして天気は良くない。台風が関東付近を通るという予報で、今にも泣き出しそうな空模様。母は心配らしく「無理して登らないで、温泉にでも入って帰ってこらっしゃい」と言う。まあ、こちらもその心算で、6:00にIY君の車に乗り込み出発。また従兄のNさんも同行する。二人はベテランらしく立派な登山姿であるが、運動靴にGパン、粗末なヤッケとナップザックの私の姿は、いかにも頼りない。車は十日町から長野県境に近い津南町を経て、国道117号を左に折れて、「平家の落人の里」と呼ばれる秋山郷、小赤沢へと向かう。天候に回復の兆しは全く無く、車はガスにまかれた狭い山道を進む。私は本当に温泉にでも入って早く家に帰りたかったが、他の二人は是が非でも登る心算らしい。小赤沢の集落を外れた登山口で車を降り、いよいよ登山開始である。 小赤沢川という沢に沿った登山道を登ってゆく。地元の津南の人々が立てた一合目、二合目、という標識が励みになる。いきなりの登りで私はとても心細かったが、ベテランの後を付いていけば良いのだから元気を出さねば。三合目付近で朝食をとる。とうとう雨がポツリポツリと降り出したが、登頂を心に決めていたので、あまり気にしないことにした。四合目あたりから登りが次第にきつくなる。50分歩いて10分休憩というペースで歩く。雨はやがて本降りの様相を呈してきて、再び不安が頭をもたげてきたが、途中で女性二人がハッスルして登っているのを見たら、負けてはおられないと思う。 七合目、八合目、九合目と、笹の藪を潜り、岩をよじ登り、木の根を掴みながら登り続けた。九合目を過ぎてしばらくすると、急に目の前が開けて、広い平らな湿原が現れた。全く予備知識を持ち合わせずに来たもので、この無限に広く感じられる平原が苗場山頂上湿原であると知り、非常に驚き、また感激した。山の経験の浅い私はとても嬉しかった。辛抱して3時間半登ってきた甲斐があった。原色のように真っ赤な紅葉や黄葉が目を奪う。雨は相変わらず降り続いた。台風が関東の沖合を通過している頃である。それでも、初めてこのような高い山に自分の力で登って来られた新鮮な感動で、私は夢中であった。 紅葉も盛りだった 小赤沢登山口の車にたどり着いた時は、車のシートに新聞紙を敷かなければ座れないほどに全員が泥だらけになっていた。ほっとした思いと、無事に故郷の苗場山登頂を果たした満足感で車に乗り、帰途につく。途中の津南駅まで長野の女性二人を送った。IY君が十日町雪祭をさかんにPRしていた。 16時家に着く。すぐに風呂に入って濡れたものを全部着替えてさっぱりとした。今日の条件は山登りには最悪だったけれど、山は実にいいなと思った。私もこれからは、もっといろいろな山に登ってみよう。ただ、今までは純粋に故郷越後の山だと思っていた苗場山が、実は長野県との県境の山であり、今日登ったコースが全て長野県内だと後で知って、少しばかりショックを受け、がっかりしたのも事実であった。いつか今度は越後湯沢側から、新潟県のルートでも再び登ってみたいものだ。■
行 程 1975年10月5日(日曜) 十日町6:00 === 7:15 小赤沢 7:20 ---(3:30)--- 10:50 苗場山頂上(2,145m) 12:30 ---(2:00)--- 14:30 小赤沢 14:40 === 津南駅 === 16:00 十日町
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