Data No. 104 |
データ: |
奥多摩 鷹ノ巣山
|
|
10月20日夜、SI君のアパートで、夜更けまでかかって弁当を作る。おにぎりは昔懐かしいまんまるのやつに海苔を全部かぶせたもの。一人分三個。卵焼きを味付けする際、SI君の入れた砂糖が少し足りないと思って、私が少し足した。出来たものをSI君が味見して絶叫した。塩と思って入れたものも砂糖と思って入れたものも、両方塩だったのだ。卵5個がパーになった。 日原(にっぱら)は秋の色に染まった山々に囲まれ、日当りの良い気持ち良さそうな所である。9:50出発。バスから降りたハイカー達は同じ方向に歩いて行くが、我々が「鷹ノ巣山」と書いてある分岐点を曲がると、前後に誰も居なくなった。皆、どこの山に登るのだろう。道路からそれて橋を渡ると、いきなりジグザグの急坂の登りになった。びっしょり汗をかかされた。タフなSI君は、私の歩くペースではもどかしそうだが、体力の劣る私は、SI君のペースにはとても適わないので、彼の方に我慢してもらうしかない。 紅葉の美しい山道を登ってゆく 農耕の神様を祭ってあるという巨大な「稲村岩」に10:20到着。それでもガイドブックのコースタイムよりは30分も早い。其処までもかなりな登りだったが、ここからの稲村岩尾根が一番きついらしい。殆どジグザグを切っていない急坂を喘ぎながら登った。私はキャラバンシューズを履いているが、SI君はバスケットシューズなので、こういう場所では持ち前の馬力を活かし切れない。 登山道は枯葉が敷き詰められ、足で踏むたびにカサカサと快い乾いた音を立てる。時折視界が開けると、山肌が赤に黄に色付きとても美しい。綺麗な枯葉の舞うトンネルのような尾根道の傾斜がようやく緩むと、「ヒルメシ食いのタワ」と呼ばれるところ。昔、猟師達が此処で昼食をとるのが慣わしだったことから、そう呼ばれる。気持ちの良い処なので、20分休憩。朝方曇っていた空は、何の翳りも無く晴れ渡った。もう頂上もすぐ其処に見えている。 我々も富士山の方を向いてビニールシートを敷き、昼食とする。到着が丁度お昼だったので、腹はぺこぺこ。メニューは、おにぎり、シーチキン、みつまめ、サラダ、麦茶、ワイン、チョコレート。持ってきた物は全部食べてしまった。何を食べても、とても美味しい。やがて、同じバスに乗っていた30人くらいの団体が頂上に着いた。彼らの装備はなかなか立派で、皆簡易コンロで湯を沸かしたり、美味しそうな料理を作っている。私も以前からあのコンロが欲しかったので、羨望の眼差しを向けてしまった。しかし、大勢の人間が狭い頂上にやってくると喧しく、それまでの静かな雰囲気が急に吹き飛んでしまった。 奥多摩湖に向かって、防火線尾根を下山 13:30、奥多摩湖へ向けて下山にかかる。登ってきた方向から約60度南に伸びる防火線に沿って下る。ススキの穂が風に揺られていた。秋というものは侘しいものだ。広葉樹の葉っぱは散り行く前、その色を黄や赤に美しく変える。しかし、それは春先のまばゆい新緑と違って老いぼれた証明だ。お別れ前の色なのだ。それらの木々に向かってバイバイと手を振っているようなススキの穂。美しくも切ない光景である。 水根山付近から薄暗い杉林の中を下るようになり、これがウンザリするほど長かった。こんな陰気臭い道を登りに使わなくて良かった。杉林を抜けると再び秋色に染まった水根沢谷に沿った道となり、一安心。しかし、谷は深く、下を見ると鳥肌が立つ。登りに比べ下りの道程は、とても長かった。いつまで経っても谷が開けない。漸くコンクリートの車道に出た時は、足の力が抜けてしまうような感じだった。 やがて奥多摩湖畔に出ると、丁度良いバスがあった。この夏の渇水で水面が低い奥多摩湖と対岸の綺麗に色付いた山々を車窓から眺めつつ奥多摩駅に向かう。奥多摩駅から、今朝来たルートをそのまま戻る。乗換えが頻繁で、汗をかいた身体に夜風が寒かった。 19:00東長崎帰着。その後、江古田のサウナで汗を流す。快い疲れと美しかった秋山の思い出で、その夜は快眠。■
|