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Data No. 103

 データ:
 登頂日: 1978年6月10日
 標高: 1,491m
 場所: 神奈川県
 天候: 快晴
 登頂時の年齢: 24歳
 同行者: Zさん、Iさん、Hさん

 

丹沢 沢登り

〜塔ヶ岳へ

 


【思いがけない沢登りの体験】

  土曜朝、リュックサックに麦茶入り水筒、缶詰、おやつ、着替え、カメラなどを詰め、キャラバンシューズを履き、7:20にアパートを出る。新宿8:02発の小田急電車に立ったまま1時間乗り、9:00過ぎ伊勢原着。TM社平塚工場のZさん、 I さん、TK社のHさん、そして私の4名が集合。セブンイレブンで朝食を買い、Zさんの運転する車の中で貪り食う。

  丹沢の山懐に向かい、デコボコ道を走ること約一時間で登山口に到着。すると、他の三人はヘルメットを被りだした。どうも様子が変だから、どこを登るのかと尋ねたところ、いとも簡単に「ここを沢登りするんだよ」との返事。電話では、丹沢の塔ヶ岳を登ってみようとのことだったので、まさかヘルメットが必要な所とは夢にも思わなかった。「大丈夫、大丈夫」という声に励まされ、心配ながらも付いて行くことにした。

     鎖を使って滝を登る

  岩がごろごろしている水無川(水はたっぷりと流れているが)を、前から三番目、後ろを I さんに守られながら登る。しばらくすると滝があった。「本谷F1」という看板。それを見て、他の人達がヘルメットを持ってきた訳が分かった。滝の岩を登るのだ。私は鉄鎖の付いた巻道を登った。高さはそれ程でもないが、初めての岩場だから恐ろしい。Zさんと I さんは、平然と鎖には目もくれず、手と足だけですいすい登ってしまった。流石にカッコ良い。「F」とは、滝(Fall)のことらしい。

  私は鎖を使ってでも、一応岩を登れたことに満足した。清流を眺めながら更に登ると、また「本谷F2」という看板が現れた。ここも私だけ巻き道を登る。他の三人はスイスイと手足だけで...。羨ましかった。私にも絶対無理ではないだろうが、ヘルメットも持っていない全くの素人ゆえ、事故を起こして迷惑をかけたくない。しかし、鎖を使っても、手がかり足がかりを探すのにひと苦労する。下を見ると怖くなって、岩に時々しがみついてしまう。登り終わって流れ落ちる滝を見下ろすと、よくこんな処を登れたな、と感動する。しかし、まだ喜んではいられない。

  F3では、つるつるの岩が障害となり、さすがのZさんもてこずって、 I さんに下から押してもらっていた。唯一人、背が高くてリーチの長い I さんだけが自力で登れた。F4、F5は連続した滝だった。巻き道を通っても、ズボンがかなり濡れる。一体幾つ滝があるのかと尋ねたら、9箇所だという。まだやっと半分だ。
  
           
            おっかなびっくり...                       次から次に滝が現れる

  F6、F7を無事乗り越えると、午後1時になったので、ようやく昼食の時間となる。沢の水で沸かしたスープとコーヒーが、とても旨かった。ここは休むには丁度良い場所らしく、他のグループも昼食休憩していた。腹が満たされると元気が出た。どうせあと二つでお終いなのだと思えば気が楽である。

     
        美味しいスープとコーヒーで元気をつける                 一番怖かったF8

  そんな軽い気持でF8に着いてびっくりした。何と高さが20mにもなる大きな滝だ。滝の前で記念撮影をしてから、ベテラン達は左側、私はひとりで右側の巻き道を行く。高さは随分あるが、慎重にやれば大丈夫だろうと思って取り組んだ。最初は反対側の仲間に手を振って余裕を見せていたが、それからがさあ大変。どっちへ行けば良いのか判らない。上に行こうとして岩に手をかけるとポロリと欠け、足をかければゴロゴロと落ちる。恐怖で足が竦む。もたもたしていたら、下から I さんの呼ぶ声がする。返事をしたが、どう動けば良いか分らない。ここに取り付く前、皆がF8の傍には此処で遭難した人の墓石があったが、落石や雨風で今は跡形も無いと言っていた。自分もここで遭難してしまうのか。草にしがみつき、浮石に滑りながら彷徨し、やっと沢が見えた時は本当にほっとした。沢に下りると、 I さんが後ろからやってきた。わざわざ探しに来てくれたらしい。とうとう他の人に迷惑をかけてしまった。

        表尾根と大山を見渡す

  幸い最後のF9は楽だった。これで漸く危険箇所が全て終わった。F9を過ぎると、殆ど沢に水が無くなり、文字通りの「水無川」になる。ガレ場をジグザグに数十分登ると、尾根道に出た。そこに出た途端に尾根歩きの人々に出会い、「おーっ、沢登りをやったんですか!」と感心され、素人の私でも少し晴れがましい気分になった。延々5時間に及ぶ苦闘だった。

  尾根道を15分歩くと、塔ヶ岳山頂である。標高1,491.2m。急に視界が開けたと思ったら、真正面の雲海に巨大な富士山が突き出ている。大いに驚き、そして大感動。富士山の山肌は濃紺で、所々に白い残雪がある。オ〜イ!と呼べば聞こえそうなほど近くに見える。Zさんらも「Y君を連れて来た甲斐があった」と喜んでくれた。

   (
         富士山が出迎えてくれた塔ヶ岳山頂                 塔ヶ岳山頂でゆっくり休憩

  風が強いので、岩陰で紅茶を沸かしてもらう。Hさんが「頂上に着いたら飲もう」とF7で冷やしておいたワインもふるまわれた。桃の缶詰も生まれて初めて食べた。熱い紅茶を飲みながら麓を見下ろすと、右手に伊豆半島、左手に三浦半島が霞んで見える。こんな素人の私が曲がりなりにも沢登りをやれただけでも満足なのに、この素晴らしい展望は、私を山の虜にするには十分過ぎるものであった。

  30分休憩後、通称「バカ尾根」と呼ばれる大倉尾根を下山する。普通の山ならば、こういう場所はジグザグを切るのだろうが、此処は真っ直ぐの急降下である。スピードをつけてしまったら止まらない。これぞ本当にバカ尾根である。人は良い名前をつけるものだ。お陰で私は足がガクガク、爪先はヒリヒリ痛む。ZさんとHさんは猛スピードで下り、私はとても付いていけない。おまけに休憩は全く無し。心の中で「チクチョー、チクショー」を連発しながら下った。

  塔ヶ岳頂上から70分で、車を置いてある出発点に帰着。もう私は心底くたくただ。朝登り始めた水無川の清流で顔を洗い、しばらく座り込んだ。

  車に乗って帰路につく。途中の茶屋で氷イチゴを飲み、18:00、伊勢原駅で解散。満員の急行に再び立ったままで帰宅。20:00、アパートに帰り着き、銭湯に行き身体を洗うと、ザラザラするものが沢山落ちた。汗が乾いた後の塩の結晶か。疲れたが、私は満足感にひたっていた。F8で命を落とさずに済み、スリルのある沢登りを初体験し、富士山の威風堂々とした姿を山頂から眺められ、何とかベテラン達の足手纏いにならずに山登りが出来たのだ。

  翌日から数日間、足はマメだらけであり、全身がどぎつく痛かったのは言うまでも無い。■


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