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宮之浦岳 (屋久島旅行記)
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【快晴の屋久島にひとっ飛び】 鹿児島から乗ったプロペラ機は、窓の無い席で、景色は何も見えなかった。屋久島空港にドシンという強いショックと共に着陸すると、乗客の多くは思わず首をすくめ、スチューワーデスがニタリと笑う。 飛行機のタラップを降りると、ふわっと温かい空気に包まれた。陽光が、晩秋の関東とはやはり違った。屋久島は快晴で私を迎えてくれた。 【野趣満点の露天風呂巡り】 小さな空港なので、飛行機を降りた5分後には、空港傍のレンタカーのオフィスにいた。トヨタのデュエットに乗り、早速南国の海辺を、窓を開け放ってドライブだ。干潮の前後2時間しか入れないという「平内海中温泉」が入り頃だというので、早速訪れる。 平内(ひらうち)海中温泉は道路からかなり海辺に下った所だ。見たところ誰も居ない。早速タオルを持って海辺の浴槽に下りる。そして写真を撮ろうとカメラを構えた途端、「写真は止めてください」との声。逆光の海辺をよく見ると、中年の長髪男が岩陰から首を出しているが、別に裸体が見える訳でもない。「え、ここは撮影禁止なんですか?」と尋ねたら、「人物が目的なんでしょう?」とのたまう。あまりにバカバカしいコメントに一言文句を垂れたかったが、「とんでもない。おたくが居たのは見えなかったんです。雰囲気を撮ろうとしただけです」と収める。しかし、何だか気分が悪い。 長髪男は、聞きもしないのにやたらとルールの講釈をする。やがて、若い男性3人が来たが、やはり入る前から、くどくど講釈されている。実にいやな奴だ。やがて長髪男が去って行くと、湯船にはまぎれもなくあの男のものである白髪混じりの長い毛髪がいっぱい浮いていた。せっせと桶でかき出す。 湯船は4〜5箇所あり、底から湯が湧き出す。潮が引いた直後は海水の塩分が濃いが、やがて硫黄臭の漂う純粋な温泉に変わる。波打ち際はすぐそこ。満潮時には全ての浴槽が海面下に隠れてしまうという。青い海原を眺めつつ、ぬるめの湯にのんびり浸かっていたが、しばらくするとタクシーが2台到着し、登山姿のオバさんが8人もドヤドヤとやって来た。私は即座に逃げる。ここは脱衣所も隠れる場所も全く無いのに、羞恥心の無いオバさん達は我が物顔だ。 車を更に数キロ南に進めると、「湯泊温泉」がある。ここも海辺の温泉だが満潮時でも入れる。大きな浴槽の真ん中に形式だけの男女の仕切があるが、それでも、仕切を境にすれば、ご婦人方に遠慮せず入れるので、私はこちらの方が気に入った。密かに用意した缶ビールをここでようやく飲む。地元の老人が一人二人と入れ替わる他はほとんど貸切状態だ。やがて、平内で逃げ遅れた男3人もやってきた。ぬるめの湯に、ビールの酔いが抜けるまで、思い切りゆっくり浸った。 南国らしい花が咲く 予約しておいた安房(あんぼう)のビジネスホテルは期待外れだった。うらぶれていて、ろくな設備も無く、やはり食事付の民宿の方が良かったと後悔する。しかし、お金を先払いした以上、フル活用させてもらう。近所のレストランは、淋しそうなので敬遠し、スーパーで温めた弁当を買い、部屋でビールを飲みながら食べた。部屋で遠慮なくキャンプガスで調理もした。 11月15日(土曜) 数日前から、この日の天気予報は実にコロコロ変わった。予報は信用せず、予定通り宮之浦岳登山を実行するべく4時過ぎに出発。 一人で漆黒の山道を歩くのも気後れして、もう少し明るくなるのを待っていたところ、次に到着したのは、何と大型バスだった。大勢の熟年男女がぞろぞろ降りてきて、トイレ前は大行列。いくら人が少ないのが淋しくても、熟年団体の後ろは歩きたくない。意を決し、懐中電灯を灯して5:35に登山口を出発。 階段状の登山口に足を踏み込むと、何とも湿っぽい樹林帯の中だ。しかし急登は無く、緩く登り下りを繰り返す歩き易い道だ。周囲はまだ漆黒の闇で、ひたすら足元を懐中電灯で照らしながら歩を進める。 しばらくして渓流に下ると、立派な淀川小屋がある。小屋の前で数人がランプを点けて食事をしていた。初めて人に会い嬉しい。小屋前は休まず通過。直ぐに橋を渡るが、池のように静かな淀川(よどごう)の澄んだ流れが下にあった。6時を回ったが、もうしばらく懐中電灯のお世話になる。 小屋を過ぎると道はやや傾斜が増す。やがて雨がポツポツと当ってきたが、頭上は葉が茂った樹木に覆われているので、雨具は不要。しかし、小花之江河(こはなのえごう)湿原に近付くと、頭上を覆う樹木がなくなり、上半身だけ雨合羽を装着し、折畳傘を出す。美しい庭園風の湿原である。花之江河は、そこから一投足で、もう少し大きな湿原だ。二十人程の団体が居た。先刻の小屋に泊まっていたのか。休憩所が占拠されているので、ここもそのまま通過。周囲の半分禿げた樹木の姿が不思議な雰囲気をかもし出す。 小雨は降ったり止んだりを繰り返す。上空は時々明るくなって、期待を持たせるが、視界もほとんど利かず、どのような地形の場所を歩いているのか分らない。しかし、樹木の背は次第に低くなり、笹原に巨岩が点在するようになる。巨石の他に私の目を惹いたのが、白い四角形の小さな石ころだ。いたる所に散らばっていて、周辺の黒っぽい大きな岩にも、表面に白い四角形の石がまだら模様になっている。その現象は山頂近くまでずっと続いた。 巨岩がヤクザサの原に点在する「投石平」を過ぎると、点在する巨岩は更にその大きさを増す。人間が生活出来そうなほどの空間が下にある岩屋、大きな尖塔のような粟生岳など。晴れて展望が利いたらどんな珍しい風景が展開していることだろう。 間もなく山頂かという頃、二人連れと単独行の男性とすれ違う。彼らは縄文杉のある高塚小屋方面から縦走して来たのであろう。山頂直下は木の階段状になっていた。目標が見えないまま登り続け、ひょっこりと山頂に到着した。「宮之浦岳」というまぎれもない標識がある。9:15、小雨そぼ降る中、3時間40分の苦労が報われた。 九州最高峰、1,935mの山頂は誰も居なかった。生憎の天候だが、私は嬉しかった。これだけ遠い島に来ても、荒天に遭遇したら滞在中には山頂に立てないかもしれない。そうしたら、果たしてもう一度やって来る気になるだろうか。景色は何も見えないが、山頂に立つ大きな岩の陰に座り、途中の清水でしっかりと冷やした缶ビールを飲む。美味い! じっとしていると寒いので、直ぐに下山開始。どこか快適なところで改めて休憩しよう。下山開始後30分位経ってから、続々団体とすれ違う。個人客は少ない。遠い島なので、団体ツアーが便利なのか。 幽玄な雰囲気の花ノ江河湿原 やがて雨は止み、投石平に着く頃には青空も広がり、この屋久島中枢部の山々の景色が少しずつ見えてきた。緑の笹原に巨岩と針葉樹が点在し、大規模な日本庭園のよう。雨具を脱ぎ去り、周囲の景色にしばし見惚れる。本当にあんな奇妙な形の巨大な岩石が山のてっぺんのあんなところに何故どうやって存在し得るのか。本当に宇宙人か仙人の仕業ではないかと思わせる光景が展開する。 投石平を過ぎると、パタリとすれ違う人が途絶えた。この辺が日帰り登山の時間的リミットか。今日は遅めに登山した人の方が良い景色を見られたかも。往路ではそそくさと通過した花之江河は、半分青空も覗いた空の下、誰にも邪魔されずにゆっくりと眺めた。森の中には、相当に年月を経た老杉が点在する。ガスがたなびき、時折陽光がカッと照らす樹林帯は幽玄な雰囲気だ。 淀川小屋には先客が3人いた。小屋前のベンチに場所を譲ってもらい、食事を兼ねて大休止。妖精の出てきそうな森を眺めつつ休憩。湿った森の中の大地は、温かい陽光に照らされ、陽炎が立ち昇る。 13:00過ぎ、7時間半を越える山旅を終え、登山口に帰着。ハイピッチで歩いたので、予定より数時間早く下山した。車で坂道を下り始めると、淀川小屋で会った若者二人が手を上げたので、バスがあるヤクスギ・ランドまで乗せて行く。彼らは神戸から来た学生で、海抜0mの港から白谷雲水峡を経て、縄文杉を見物し、山中2泊で歩いてきたと言う。 ヤクスギ・ランドの入園券 ヤクスギ・ランドは入場料300円を払って、幽玄な樹林帯に覆われた渓谷沿いの良く整備された遊歩道を歩く。千年杉、仏陀杉、くぐり杉などの老木を眺めながら探勝するお手軽コースだ。 山の汗は、尾之間(おのあいだ)温泉共同浴場で流す。浴槽の底が丸石で敷き詰められていて、その底から湯が湧き出す。疲れた筋肉を熱めの湯でしっかりほぐす。この日は地元の「三岳」という焼酎を仕入れ、スーパーで弁当とトビウオの刺身を買って、部屋で食べる。 11月16日(日曜日) 朝から青空が広がる。登山を一日延ばしていたら、と悔やむ。しかし、車で北の宮之浦方面に向かうと、山岳方面は厚い雲の下で、にわか雨が降り出し、その後、巨大なダブルの虹が空にかかった。月に40日も雨が降ると言われる島だが、快晴の予報でも島のどこかで雨が降る。 先ずは宮之浦の町外れの山中にある楠川温泉を探訪。単純温泉で、無味無臭の湯。バイクのツーリングの若者が、地元の老人達と縄文杉の話題で盛り上がっていた。宮之浦の町を越え、一湊の海辺にある大浦温泉にも立寄る。 屋久島灯台を見物後、西部林道を走る。ここは大型車は通行不可。切り立った海岸沿いの崖を切通しにした密林の中の狭い道である。野生のサルがいたるところに屯している。苔むした緑のまぶしい樹林帯の中で、木洩れ日が神々しい雰囲気をかもし出す。ザックを背負って歩いている人を二人見た。 道は密林を抜けると、海岸に向かって緩く下るようになり、人家も現れてくる。陽光がさんさんと降る南の島の雰囲気になった。途中の「中間」の公園にある東屋で青い海原を眺めながら自炊でランチタイム。 湯泊温泉を再訪する。青い大海原、打ち寄せる波の音、背後の緑深い森、そんな中で、思い切り開放感に浸った。しかし、心の底で私は満足していない。何故だろう。山の天候がすぐれなかったのは、これは良くあることで仕方ない。 それは何と言っても「縄文杉」を見ていないからだ。温泉浴場でも話題になっていたし、神戸の若者達が1時間以上も見惚れたという、太古から生き延びてきた巨大な老杉をこの目で見ずに帰ったら、はるばる屋久島へ来た価値が半減し、片手落ちな旅ではないか。疲れていても、往復10時間歩いてでも、今日は縄文杉を見に行けば良かった。もう帰京する明日は、その時間は無い。 島内一周の最後は「千尋の滝」を見物する。滝の落ちる周囲の山肌がまるで一枚岩のような豪快な眺めだ。地質が頑丈で、降雨量の多い島だからこその大自然の芸術である。 11月17日(月曜) ホテルを9時過ぎにチェックアウトし、車をもう一度山岳方面に走らせ、世界遺産センターと屋久杉自然館を見物するが、わざわざ来るほどの所ではなかった。宮之浦で土産物を買う。それでもまだ時間を持て余したが、早めにレンタカーを返し、空港でチェックインして窓側の席を確保した。車から開放されて、空港内レストランでビールを飲みながら初めて「外食」する。美味しいうどんだった。この日も快晴の予報だが、空港近辺はどんより曇っていた。本当に不思議な島だ。 13:20、JAC-082便は大きなプロペラ音を響かせて鹿児島に向けて飛び立つ。曇天なので景色はあきらめていたが、飛行機はやがて雲の上に飛び出し、そしてそこで何の翳りも無く燦々と陽光を浴びている宮之浦岳の姿を見た。初めて私にその全容を見せてくれた屋久島の洋上アルプスだ。 「心残りがあるならば、是非またおいで」と屋久島が私にくれた嬉しいお別れの挨拶であった。■
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