Data No. 97 |
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南アルプス最南端の山、ハイマツの南限の山、そして山頂には陽を受けると光り輝く巨岩のある山。それが私の得ていた知識の光岳(てかりだけ)であった。しかし、南アルプスの山々を数々登っても、伊那谷を車で走っていても、その光岳の姿をこの目で認めたことは皆無だった。そして失礼ながら私自身の関心も低かったので、とうとう本州では一番最後まで残した百名山の山になってしまった。 この山行には、MKさんとKWさんが賛同し、9月の連休にようやく訪れる機会を得た。しかし、この3連休初日は、台風余波で信州の予報が雨だったので、出発を一日遅らせたところ、結果的に大成功だった。 9月13日(土曜日) 【山深い登山口の易老渡へ】 連休初日の東京は猛烈な残暑だった。午後のJR高尾駅に集合し、愛車のエアコンをフル稼働で信州に向かう。日が暮れた19:00に飯田に到着。伊那谷温泉「満願成就の湯」で入浴と食事がてら閉館の21時まで休憩。 深夜、飯田から山越えをして上村へ。そしてR152を南下し南信濃村に出る。地図を頼りに登山口の易老渡を目指すが、その易老渡のあまりにも遠いことにびっくりした。国道を離れてからぐんぐん狭い山道を登るのだが、やがてその道は再びどんどん下って行く。こんなに下るのはおかしいと思ったが、地図を見ると間違っていない。やがて未舗装の悪路になり、スピードも出せず、延々と漆黒の山道を進んだ。道標も乏しい。 ようやく23:30に到着した崖と渓流の間にある易老渡の駐車場は満車だった。仕方なく崖際の路上に車を停め、寝酒を飲んで仮眠しようとしたが、二度にわたる身の毛もよだつ落石の音に肝を冷やされ、満車の駐車場内で他車を邪魔しない場所をなんとか見つけて車を移動し、ようやく落ち着いた。台風の影響で、当地は相当雨が降ったようだ。 9月14日(日曜日) 【山頂への長い長い登高】 夜が明けると晴天だった。大勢の人々が登山の支度をしている。おにぎりと熱い味噌汁で朝食を済ませ、我々も6:30に出発。駐車場から僅かに麓寄りに渓流にかかる橋があり、そこが登山口だ。渓流は橋のはるか下で、下を見ると目がくらむ。橋を渡ると、いきなり樹林帯の中の斜面をジグザグに急登する。このような見晴らしの利かない急登が易老岳まで5時間半も続くという。 第一チェックポイントの「面平」迄は、標準タイムの90分で到着。しかし、その上で、先を歩く男につられて道を間違ってしまい、30分程ロスした。どっと疲労が増す。 変化の無い樹林帯の急登は延々と続いた。樹間から右手奥に見え隠れするこんもりした山が光岳か。やがて、痩せた「岩稜の小コル」を通過し、更に登り続けると、ようやく易老岳である。登山口からしっかり5時間半かかった。標高が2,354mもありながら、樹林に囲まれて、湿っぽい雰囲気の山頂だ。ここが聖岳方面からの縦走路との合流地点である。コーヒーを沸かしてランチタイムとする。 易老岳で栄養補給したら、バテ気味のKWさんも元気を回復した。樹木も背が多少低くなり、周囲の雰囲気も明るくなった。易老岳からは一旦かなり下る。易老岳を下り切った後は、しばらく緩い上り下りを繰り返すが、「三吉平」というチェックポイントは何処なのか分らなかった。 やがて、大きな石がゴロゴロしている枯れ沢に沿って、光岳本体の急登だ。紫色のトリカブトが沢山咲いている。他の花は、ほぼ終わりだが、ピンクのハクサンフウロが咲き残っているのが嬉しい。この急登も、なかなか終点が現れず苦しい。KWさんもバテバテで、ペースを落とす。しかし、最後に頭上に見えていたピーク(イザルヶ岳)は登る必要が無く、明るい「静高平」にようやく着いた。ハイマツに覆われた斜面が日本庭園のよう。しかし、期待していた水場は枯れていた。 もう苦しい登りから開放された。静高平から僅かで、木道の敷かれたセンジヶ原を歩くと、光小屋はもう人の声が聞こえる場所にあった。素晴らしい山上のパラダイスである。15:10、待望の静岡県営、光小屋に到着。木のぬくもりも優しい新しくきれいな小屋で、最新式のバイオ・トイレも備える。チェックインして荷物を降ろしたら、小屋の主人がお茶まで持ってきてくれた。こんな嬉しい待遇は初めてだ。小屋内部は採光も良く、機能的に出来ている。 空身で光岳山頂を目指す。もう喘ぐような急登は無い。森の中の散歩気分で15分も歩くと、全く展望の利かない、樹木に覆われた2,591mの光岳山頂に出た。「光岳」という太い白木の山頂標識ががっちりとしていて、やたらと立派である。記念撮影をして、すぐ先の展望台に出る。南側に展望が開けて、足元に名物「光石」が見える。もう午後の遅い時間で陽光も当たっていないせいか、決して特別な物には見えない。南アルプス最南端なので、ここからは南アルプスの核心部は見えない。見えるのは名も知らぬ駿河の山々だ。ここに立って深い谷間を見下ろして、この光岳の標高の高さを認識する。2,500mを越えた堂々たる日本アルプスの山なのだ。光石までの往復は割愛し満足して小屋に戻る。 小屋の前にあるテーブルで日が蔭るまでビール、ワイン、ブランデーを飲みながら登頂を祝う。そして仕上げにフリーズドライの山菜おこわとマーボー豆腐を食べて夕食とした。至福のひと時。しかし、山小屋はどうしても早々と消灯となるので、山小屋で熟睡出来ない私のジンクスが出て、悶々とした時間を過ごす。 【イザルヶ岳で展望を楽しんで下山】 寝場所に指定された食堂では、3:50に電灯が一斉に点けられ、退去を乞われた。こんなことなら、多少窮屈でも普通の寝場所の方が良かった。完全な寝不足のまま、味噌汁雑炊を作り、コーヒーを沸かして朝食とする。5:25に日の出を迎えたが、東の空は雲がたなびき、富士山の真後ろから昇るという日の出は拝めず。陽が多少高くなるのを待ち、5:45に小屋を出発。 早朝のセンジヶ原の木道は霜が張ってツルツル滑った。2,540mのイザルヶ岳は、そこから10分ほど緩く登ったところ。光岳山頂部と違って全く樹木が無く、360度の大展望が開けていた。3,000m峰、聖岳の姿が大きい。赤石岳などの核心部はその裏になるので、残念ながら見えない。中央アルプスが伊那谷を隔てて雲上に浮かぶ。富士山がある南東方向だけは最後まで雲が取れない。改めてコーヒータイムを楽しみ、チョコレートを食べる。ひとしきり熟年グループで賑わった山頂は、あっという間に我々以外誰も居なくなった。 一夜を過ごした光小屋が朝日を受けて、森の中で、妖精の館のように、気持ち良さそうに佇む。手前のセンジヶ原には薄いもやがかかっている。こんもりとした光岳は左側が切れ落ちて、絶壁であるのを初めて知った。後回しになって、本州で最後に登った百名山だが、なかなか良い山だ。だてに深田氏に選ばれた山ではない。思い切ってやってきて、本当に良かった。おそらく再訪することの無いであろう光岳の景色を瞼に焼き付け、イザルヶ岳を後にする。 下山は往路をそのまま戻る。易老岳への登りの途中で、樹間に名残の光岳が姿を現した。快晴に恵まれた山は、何を見ても素晴らしく感じる。心の中で「有難う、ごきげんよう!」とお別れをする。易老岳山頂と面平で大休止したが、正午丁度には易老渡に帰着した。あのタフなMKさんが下山中何度も尻餅をついたのは意外であった。歩行時間の長い山だったので、お疲れになったのか。 南信濃村の温泉館「かぐらの湯」で山の汗を流し、昼食がてら下山祝いとし、昼寝をして15:45に出発。連休最終日の中央道の渋滞を敬遠し、諏訪から佐久に抜けた。佐久平駅前でそばを食べる。超大盛りにびっくり。佐久から上信越道に乗った途端に渋滞にはまる。しかし、碓氷軽井沢を過ぎたら全く滞り無く、終電に間に合わないかもという心配は杞憂に終わった。 天候、山小屋の混雑、深夜ドライブの疲労、道路の渋滞、どれをとってみても当初の予定を一日ずらしたことは大正解だった。そんな幸運に恵まれた今回の光岳山行は、数々の私の山の思い出の中でも間違いなく、いつまでもキラリと光るものになるであろう。■
光岳登山行程実績 9月13日(土曜日) 9月14日(日曜日) 9月15日(月曜、敬老の日) |