Data No. 96 |
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羊蹄山 (後方羊蹄山) (& ニセコアンヌプリ) |
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初めて「蝦夷富士」羊蹄山をこの目で見たのは、今から14年前、1989年12月、ニセコ・スキー場のゲレンデからであった。コニーデ型で均整の取れた美しい裾野を引き、真っ白に雪化粧した羊蹄山は、周囲の景観を無視すれば正しく「富士山」であった。 深田久弥氏によると羊蹄山の正式名称は「後方羊蹄山(しりべしやま)」である。しかし、彼が固執する山名と実際に通用している山名が異なるケースはかなりある。白馬(しろうま)岳を耳障りな「はくばだけ」と呼ぶ人が過半数になったのは全く論外として、今は越後駒ケ岳を魚沼駒ケ岳と呼ぶ人は居ないし、大菩薩嶺を大菩薩岳と呼ぶ人も居ない。この羊蹄山を、「しりべしやま」と呼ぶ人は、この山の麓でも居なかった。私自身は「ようていざん」で良いと思う。従い、深田先生には悪いが、記述も「羊蹄山」に統一する。 9月4日(木曜日) 羊蹄山の麓へ ANAのフライトも、レンタカーの手続きも極めて順調で、羊蹄山の麓へ予定よりもずっと早く着いた。しかし、羊蹄山は雲の中で下半分が見えるのみ。今宵はホテルや旅館に泊まる気は無い。倶知安の温泉で時間を潰し、もう一箇所のニセコ駅前温泉に向かう途中、日暮れ間近に、ようやく山頂までの全貌を現した羊蹄山を見た。素晴らしい景観だ。是非明日は好天下に登らせて下さいと敬礼。ニセコ駅前温泉で入浴後、休憩室でビールを飲みながら夕食をとり、閉館時間まで、ぐっすり眠る。温泉を出てから、コンビニで食料等を購入し、比羅夫駅近くの登山口、半月湖キャンプ場で車の中で眠る。夜中はかなり冷えた。 9月5日(金曜日) 晴天の羊蹄山を登頂 目が覚めた4時過ぎ、まだ周囲は真っ暗である。周囲の車では登山の準備をする人々が音を立てていた。車の中で軽食をとり、もう少し明るくなるのを待つ。熊に遭遇しないよう、二組が出発するのを見送ってから、4:50に出発。 緩やかな樹林帯の中を懐中電灯を点け、熊鈴を意識的に鳴らしながら歩く。こういう薄暗い時間帯が一番熊との遭遇が多いと聞いていたからだ。そして、かなりピッチを上げて歩いた。登山口の半月湖は標高が僅か350mであるが、目指す羊蹄山は1,898mである。従って、標高差1,500mも登らねばならない。 しばらく真っ直ぐな道を歩いたが、初めて右側にカーブを大きく切ってから、傾斜が急になった。見晴らしの利かない雑木林の中である。30分程歩くと初めて「二合目」標識があった。それからは、自分の足で15〜18分程度のほぼ等間隔で「三合目」、「四合目」と続く。ダケカンバの他に、エゾマツ、トドマツなどの針葉樹も多い。いつ森林限界を抜けるのかと思ったが、樹木の丈は低くなってゆくものの、登山道も相当えぐれているので視界の利かない登りが延々と続いた。それでも時折、倶知安やニセコ駅周辺の町並、そしてニセコ連山が姿を見せる。ニセコ連山の手前に、この羊蹄山の影が大きく映っていた。 天気予報では、今日は晴天だが、次第に雲が広がって明日は雨になる。ニセコ連山は、西から進んでくる低い雲に隠れ気味である。折角はるばるやって来た羊蹄山は是非晴天下に登頂したい。自然と休憩を省略し、出来るだけ山頂に早く到着するべく足を運んだ。私より先に出発した熟年男性二人は、早々に追い越したが、ハイピッチで歩く私の頭上には、姿は見えないが、熊除けの鐘をカランカランと鳴らしながら歩く人の音がずっと聞こえていた。私にとっては非常に心強い。 九合目で鬱陶しい見晴らしの利かない登りから抜け出た。そして、避難小屋への分岐点で、初めて私の前を歩いていた人を見た。何と、相当年配の男性だ。ここで出会ったのを機に、以降は下山まで行動を共にする。彼は熊本から来た64歳のツワモノで、8月初めに車で熊本を出発し、信州を皮切りに東北まで登山行脚を続け、青森からフェリーで北海道に渡り、10月中旬まで山を目一杯登りまくってから帰るのだとのこと。彼(以降、「熊本さん」と記す)が言うには、40年山を登っていて他人に追いつかれたのは、私で二人目だとのこと。見晴らしの利く山頂部に出たので、喧しい熊除けを一旦片付けて山頂を目指す。 分岐点から左に折れ、山頂のお釜の縁をたどるルートを取る。最初に登りつめた所が旧火口「母釜」の縁で、その向こうに、もっと大きな「父釜」があって、山頂はその縁にある。穏やかな母釜の縁を時計回りにたどり、ぎざぎざの父釜の縁を進んでゆくと、「羊蹄山」の標識の立つピークに着いた。しかし、いかにも古ぼけて冴えない標識だ。登頂を喜び、標識の下部を見ると、「ここは最高点ではない。最高点はキモベツ岳」と手書きされている。何だ、そんなことなら、紛らわしい看板なんて設置しないでもらいたい。 洞爺湖と有珠山の噴煙、その奥は太平洋
「ニセピーク」から更に5分程進んだ所に、正真正銘の「羊蹄山」山頂があった。標高1,898m。8:00を少し回った頃である。記念撮影をやり直し、周囲の景色に目を向ける。父釜は巨大な草付きのスリ鉢で、山肌は鮮やかな紅葉に彩られている。西のニセコ連山奥には日本海の海岸線と積丹半島が見える。東側の足元に洞爺湖が見え、昭和新山の煙も洞爺湖温泉街裏の有珠山の噴煙もはっきり肉眼で見えた。その後ろは太平洋の海原である。 他に誰もいないこの山頂で、軽食とビールを楽しみながら、熊本さんと山談義に花を咲かせる。熊本さんは、お話し好きだが、よく見かける自慢話ばかりする熟年ではない。約1時間、至極快適な無風快晴の山頂滞在を楽しみ、9時頃腰を上げて、お鉢巡りに出発する。 父釜のお鉢の縁は、ノコギリ状に岩場が連続する。しばらくアップダウンを繰り返し、お鉢をほぼ2/3回った処で避難小屋への下降点が現れる。ここで羊蹄山のお鉢の展望からおさらばだ。お鉢の壁面は素晴らしい紅葉だ。熊本さんが、ポツリと、「もう二度と来ること無いから、見納めだな...」と呟く。私は、その一言に呆然とした。そうかもしれない。熊本さんより若い私だって、もう50歳近い。果たして死ぬ迄に、もう一度羊蹄山に遙々登りに来ることなんて、あるだろうか...。少しセンチメンタルな気分になって、お鉢の写真を数枚撮り直す。 羊蹄山避難小屋は、お鉢から離れて斜めに下った所にあった。この頃から登って来る人の数が増えてきた。しかし、山頂付近は雲が湧き出してきたので、私と熊本さんが今日の最良条件で羊蹄山を登頂したようだ。避難小屋は大きな建物で、東京出身で私よりずっと若い管理人が駐在していた。小屋前のベンチで、水の乏しい山頂駐在の苦労話を聞いた。熊本さんは余ったペットボトルの水を寄贈したが、私は汗っかきなので水はまだ貴重である。 10:20、下山開始。避難小屋から山腹をトラバースし、熊本さんと出合った比羅夫ルート九合目に出ると、山頂一周完了だ。後はひたすら往路を下る。熊本さんは下りの足も速い。私は無理にペースを合わせなかったが、熊本さんの方が、時々途中で待っていてくれる。この人は淋しがりやなのかな。数ヶ月もたった一人で山歩き行脚をしていれば、話し相手も欲しかろう。 12:20、登山口帰着。山は雲に隠れて全く見えなくなった。熊本さんにお別れをして、車を進める。 9月6日(土曜日) ニセコアンヌプリ登頂し一路帰京 朝一番はまだ雨であった。10時まで滞在する心算で、朝風呂を楽しみ、朝食後もう一眠り。雨ならば温泉三昧で帰ろうと思ったが、チェックアウトする頃に雨が止み、空が明るくなってきた。 9:45宿を出て、昨日も時間を潰した五色温泉を目指す。山の頂が見え隠れしているので、意外と晴れるかもしれないと思い、ニセコアンヌプリ登頂を決意した。 10:10、五色温泉を出発。キャンプ場脇から樹林の中の広い登山道に足を踏み込む。ピッチを上げて歩いた。山頂は雲の中なので、地形が分らない。登るにつれて、道路を挟んだイワオヌプリ(硫黄山)が姿を見せてきた。あの山が1,100m余りなので、1,308mのニセコアンヌプリの山頂は、あの山よりずっと高い位置まで登らねばならない。それを目安にかなり急ぎ足で歩いたが、意外と山頂は遠かった。頭上に見える高みに着けば、と頑張ってそこに着くと、その先に更に高い場所が現れる。 登山口から丁度1時間経った11:10、ようやくニセコアンヌプリの山頂到着。数組の先客が居た。上空は明るくなってきたが、目線から下の雲が多い。しかし、西側の麓の町が顔を覗かせている。そして、上空の高雲と、麓を流れる低い雲の間に、羊蹄山が時折姿を見せる。素晴らしい貫禄である。そして、相当高い山に見える。晴れていれば素晴らしい眺めであろう。右側の山腹にスキーリフトの終点がある。14年前には私も登ってきた筈の場所だ。大勢で楽しく滑ったスキーの記憶が蘇る。あの時も羊蹄山の眺めは素晴らしかった。 天気は明らかに回復傾向なので、ゆっくりしたいところだが、なるべく早く千歳空港に帰りたい。そこそこで腰を上げる。下山も飛ばして、40分で五色温泉に帰着。これから山頂を目指す人々も多い。 倶知安に降り、京極町の温泉に浸かる頃、すっかり青空が広がった。露天風呂から名残の羊蹄山を眺め、喜茂別町を経て、往路を戻る。北海道の道は本当に良くて空いている。意識して飛ばさなくとも、しっかりと予定時間前に千歳空港に着いた。 空港内の居酒屋で、北の幸のセットメニューを取り、ビールと日本酒を注文し、思い切りのんびりと北国の山旅の余韻を味わう。そしてやや酩酊気分で機上の人となり、離陸と同時にすっかり眠りこけた。北海道の山々は、いつも良く晴れてくれた。そして素晴らしい展望と感動をいつも与えてくれた。心の底から感謝する。来夏、知床の山々を訪れる時も、是非また機嫌よく迎えてもらいたいものだ。■
羊蹄山登山行程 9月4日(木曜日) 9月5日(金曜日) 9月6日(土曜日) |