Data No. 72 |
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奥越後 平ヶ岳
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人知れず佇む名峰 越後の山奥に、平ヶ岳(ひらがたけ)という隠れた名山がある。その山頂はのびやかな草原になっていて、高山植物の花が咲き乱れているという。尾瀬の山々からはその姿を幾度か認めたが、越後の人里からはほとんど見ることの出来ない奥床しい山であった。 故郷の名山だけに、ずっと気になっていた山だったが、アプローチが長く、かなり労力を要求されるだけに、後回しになって現在に至った。登山案内書によると、銀山平の小屋に宿泊すればアプローチの短い登山口まで送迎してもらえるとのことで、電話したところ、お盆休みでも客がいないので、送迎は無しとのこと。しかし、それではいつまで経ってもこの平ヶ岳に登るチャンスは到来しないから、このお盆休みに思い切って従来の鷹ノ巣尾根コースを登るべく探訪する。8月13日夜に郷里で墓参後、奥只見湖畔、福島県境に近い鷹ノ巣登山口に深夜到達し、車中仮眠。 8月14日4:30、懐中電灯を灯して登山口に足を踏み入れる。最初はしばらく緩やかな林道を歩き、標識に従い狭い山道へと進む。ようやく周囲が明るくなってきた。やがて、「前坂」という樹木が禿げた、急な痩せ尾根を延々と登る。上空は完全に雲に覆われ、ガスもかかっているので周囲の山々は全く見えない。でも、山頂に立つ頃には晴れてくれることを期待しながら歩く。 前坂を登りきると下台倉山。ここから傾斜の緩んだ尾根道の登り下りがかなり続く。しかし、越後の山の特徴として、ぬかるみがひどい。その特徴をすっかり忘れ、スパッツを用意しなかったのは失敗だった。盛夏であり、風が無いので汗が吹き出て、それだけでも全身が濡れるのに、ぬかるみで下半身に泥がこびりつき、ぬかるみを避けると朝露に濡れた潅木で、また着衣は濡れまくる。 我慢我慢の登行は続く。ガスのために行く手は見えない。途中、オオシラビソの林の中に「台倉清水」という水場標識があったが、その水場まで数分道を逸れて下る元気はない。また、しばらく進むと白沢清水という水場。しかし、ここは地面にチョロチョロ流れるだけなので、飲む気になれず。 山頂草原の花畑 長い登路の果てのパラダイス 変化の乏しい樹林帯の道を我慢で歩んで行くと、やがて草原状となり、尾瀬のような木道が敷かれた道になる。ふっと、傾斜が緩み目の前に静かに水をたたえた池と広大な湿原が現れた。池ノ岳の「姫ノ池」に着いた。湿原は、霧にまかれて、その果てが見えず、風も無く静かで、神秘的な光景である。ここまでくれば、あと少しだ。道はここから三方に分かれるが、平ヶ岳山頂へは左手に進む。 ゆったりとした山頂部
山頂から往路を少し戻り、分岐点から平ヶ岳沢にゆるく下ると、そこがキャンプ場だが誰も居ない。天候はすっかり回復し、青空が目一杯広がってきた。振り返れば、明るい緑に覆われた平ヶ岳山頂が、大らかな姿を見せる。これこそ「角が取れた」山容とでも言おうか。そして、歩く登山道の傍らには高山植物の花々が見事に咲き誇る。コバイケイソウの大群落、黄色のアキノキリンソウ、そしてピンクや紫の花。彼方にはニッコウキスゲの黄色の絨毯が見えている。 ひっそりとした、宇宙人との出会い そんなパラダイスのような草原を道標に従って歩いていくと、ひょっこりと「玉子石」は現れた。緑に覆われた草原の高みに、彫刻家がそこに作ったように、台座に乗った丸い大きな石が虚空を見つめていた。緑の草原がそよ風に揺れる中、微動だにしない玉子石は、一人だけ取り残され、虚空を見つめながら、誰かの迎えをじっと待つ宇宙人の姿のよう。 玉子石の向こうには池塘群が青空を映し、彼方には残雪をいただく越後三山。まさしく、ここは大自然の美術館だ。その美術館は今、私一人だけに貸切だ。ふるさと新潟県に、こんなにも美しい景観を見せる場所があったとは。
玉子石との名残を惜しんで、池ノ岳へと戻る。池に面した木製のテラスで昼食をとる。ここから眺めたおおらかな平ヶ岳の景色が、よく写真で見る姿であったが、玉子石に出会えた感動ですっかり写真を撮るのを忘れてしまい、気が付いたときには山頂部分は再びガスに覆われてきた。 そして、鷹ノ巣尾根を登ってきた登山者が三々五々、この場所に到着しだした。本当に良かった。天気の一番良い時間に、私はこの美しい平ヶ岳の山頂でのひとときを、一人で独占してしまったのだから。 下山は往路をそのまま戻る。そして、登山中には見えなかった周囲の景色も楽しめた。上空に雲が増えたが、ガスは消えたので、燧ケ岳の下半分も姿を現してきた。 この日の下山は辛かった。途中から左足の膝が痛くなり、前坂の急斜面では、登りよりもゆっくりと歩く羽目になった。今日はステッキを持って歩いたので、両足の左右のバランスが崩れたのか。登りも下りも我慢我慢であった。 15:10、鷹ノ巣に帰着。膝の痛みは消えず、疲労もしたが、長年の念願を果たし、故郷の名山「平ヶ岳」に登頂出来た満足感と、大自然の美術館を独占で楽しめた感動は、痛みや疲れにもはるかに勝るものであった。■
平ヶ岳登山行程 2000年8月14日 |