Data No. 64 |
データ: |
上州 武尊山
|
|
谷川連峰の手前に、大きな裾野を引き、山頂部に多くの峰が連なるこの山は、日本武尊の伝説の伝わる山岳信仰の山でもある。この山の名前は「ぶそん」でも「たけるのみこと」でもなく、「ほたかさん」と読む。この山は郷里越後への道すがら、いつも見える山であるが、つい最近まで意識したことが無かった。人間とは関心の無いものは覚えないものだ。東海道新幹線の乗客で富士山を見て分からない人はいないだろうが、丹沢や箱根の山々などを見て喜ぶ人は、あまり多くない。 この「ほたかさん」は、富士山を除いた東海道沿線の山々より遥かに威風堂々としてはいるが、もとから2,000m級の山々が連なるこの地域では、決して際立つ山ではなかった。最近、関越道に、この武尊山が正面に見える場所に看板が設置され、しかもこの山が深田久弥の日本百名山のひとつなので、折からの登山ブームによって、ようやく日の目を見るようになった。 深夜、関越道の沼田ICから山懐深くへ車を進める。心細い山道だ。武尊牧場への道を左に見送って、更に渓谷沿いに山道を進むと東俣駐車場があった。そこで車中仮眠。 翌朝、6月1日は快晴だ。早朝4:45に駐車場を出発して登山道に踏み込む。急傾斜をジグザグに登って行くと、ほどなく広々とした武尊牧場のキャンプ場に出る。三合平というところである。新緑の白樺やダケカンバの林が美しい。生気あふれる若葉が朝日を受けてまばゆいほどだ。登山道は牧場から右へ進路を取り、緩やかな傾斜の林の中の道をしばらく歩く。 途中、武尊田代から来る道との合流点付近に避難小屋がある。やがて道は尾根上を歩くようになるが、しだいに残雪の融けた後のぬかるみが気になってきた。ズボンの裾が泥でしっとりと汚れてくる。 緩やかな登りの連続であったが、前衛峰の中ノ岳の登りは、鎖場のある急登だ。ここを頑張るとようやく山頂稜線に出た。山頂近くは残雪豊富で一面純白の世界。もうぬかるみの心配はなく、しっかりと固まった雪上を歩く。中ノ岳の山頂は巻く。行く手を見やると目指す最高峰、沖武尊が青空の下に姿を見せ、その彼方には上越国境の山並みが豊富な残雪を戴いて屏風のよう。尾瀬の至仏山、燧ケ岳、平ヶ岳の姿もある。 山頂手前の小ピークには、日本武尊の像が鎮座する。そして、ラストスパートをかけるとようやく武尊山最高峰、沖武尊(おきほたか)山頂(標高2,158.3m)に到着した。午前7:10、登り始めて2時間25分であった。 上越国境の山々 大展望をほしいままの山頂は、私一人に貸切だ。天空は青く澄み渡り、眼下に白雲を見下ろす。武尊山は幾つかの峰が山頂部につらなり、それぞれが独特の自己アピールをする。すっくと立った剣ヶ峰がひときわスマートである。谷川岳をはじめとする三国山脈(越後山脈)は、越後と関東を区切る巨大な雪の壁だ。残雪時期のこの山脈は、北アルプス、もっと大げさに言えばヨーロッパ・アルプスも見紛うばかりの威容を見せる。2,000mにやっと手の届く山ばかりであるが、冬の季節風を直に受け、越後にドカ雪を降らせながらも日本一の穀倉地帯を潤す源となり、関東地方に乾燥した冬をもたらす。日本の脊梁山脈としてのその姿は、堂々として、素晴らしい。 武尊山の稜線の先に剣ヶ峰 しんと静まり返った山頂で故郷越後の山々や日光国立公園の山々を眺め、ゆっくりした後、下山にかかる。途中の中ノ岳付近の雪田でゆっくりコーヒーを沸かして軽食休憩する。ようやくちらほらと登山者の姿を見かけるが、その数は多くない。 武尊牧場とキャンプ場は、こんなに好天なのに、こんなにうららかな日和なのに、人っ子一人居ない無人境だ。振り返ればあたたかな新緑の森の彼方に残雪豊富な武尊山が私を見送ってくれている。 10:40、東俣の駐車場に着いたら、地元の観光協会の人から「武尊山に登ってきたのか?」、「ツツジの咲き具合はどうだったか?」と質問された。この日、私が武尊山を登って降りてきた第一号なのだ。「ヘッ?ツツジ?そんなもの全く見ませんでしたよ」と答えるしかない。実際ツツジなんて全く咲いていなかったし、すぐに開きそうなつぼみさえも無かった。 聞くと、当地は今日から「ツツジ祭り」なのだそうだが、咲き具合を心配していたようだ。心配なら、ちょっとだけ歩いて行って、自分の目で確かめれば良いのに。あいにく、今年のツツジ祭りは時期が早過ぎて台無しのようです。 帰路、武尊温泉とささの湯温泉で入浴。汗を流してさっぱりとした気分で家路につく。■
|