Data No. 60 |
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地元にありながら、長い間指をくわえて登らずに眺めていた山。それが越後駒ケ岳だ。どうせならば、八海山、中ノ岳とセットで三山縦走でもしてみたいが、整備された山小屋の無いこの地方では、それなりの装備が要求される。また、登り下りの高度差も大きいので、体力も要求される。そんなことで後回しになってしまったが、旧盆帰省を機会に思い切って登頂を決意した。 「越後三山」とは、上記三つの山のことであるが、深田久弥は日本百名山の1つとして、一番標高の高い「中ノ岳」を選ばず、「越後駒ヶ岳」を選んだ。その理由は、越後駒ヶ岳の、見栄え、ボリュームと、その存在感からであろうか。
登頂前夜、奥只見銀山平の駐車場で車中泊。夜明けを待って登山口の枝折(しおり)峠 へ登る。前日の雨は今日は回復するとの予報だが、依然として霧雨が降っていた。もう少し様子を見ようと思ったが、他の車から降りた登山者が当たり前のような顔をして登り始めるのを見て、ようやく腰を上げる。 【天気予報に裏切られ...】 6:30、枝折峠を出発。しばらくジグザグ道を登ると、背の低い灌木帯の緩やかな尾根道になる。雨は止んだが、空は依然として明るくならない。しかし、回復するという予報を信じて足を進める。戻り梅雨のせいで雨降りばかりのこの夏、登山道はぬかるみが多く、靴はすぐに泥だらけになる。遭難者の慰霊碑を過ぎると明神峠を通過。晴れていれば奥只見湖や周辺の山の展望が良いという。
行く手の白いガスの中に、ボーッと黒々とした山体が浮かび上がり、登りがやや急になってきた。一頻り登ると道行山(どうぎょうやま)に達するが、道は山頂を巻いている。相変わらず、登ったかと思うと下りになり、2,000mの山頂は一体どこなのか、限りなく遠いものに感じてしまう。泥濘でズボンの膝上まで泥だらけだ。1,065mの枝折峠から早足で2時間もかけて到達した小倉山は、標高がまだ1,370mでしかない。ここが時間的にほぼ中間地点となる。駒ノ湯山荘からの登山道が合流する。 ようやく駒ケ岳本峰への登りが始まった。ひたすら登ってゆけば確実に山頂に達する道だ。その登りが一旦緩んだ場所に「百草の池」がある。この池は登山者に荒されて一時は消滅寸前になったそうで、現在は立ち入り禁止となり、道は大きく迂回している。こんなガスに巻かれた日には、注意して見ていないと気付かずに通り過ぎてしまうかもしれない。実際、下りの際はまるで気付かなかった。 こんな応対では気持ち良く休憩させてもらえる雰囲気ではない。この勘違いオヤジを見ても新潟県の観光客誘致の稚拙さ・無知・勘違い度が分る。大勢の客で賑わう中部山岳は言うに及ばず、遠い東北の山岳観光地でさえ、もっとはるかに気の利いた対応をする。折角深田氏が百名山に選んだ山だというのに、登山口にはバス便も無く、トイレも無く、客を温かく迎えようという態勢も無く、山小屋はあっても、登山者が欲しがるであろう飲み物やバッジを含めた記念品さえ置くでもない。新潟県の観光というものに対する認識は全くズレていると言わざるを得ない。宝の持ち腐れがあまりにも多すぎる。 駒ノ湯山荘は静かな谷間にひっそりと佇む一軒宿だ。450円を払って温泉入浴する。行儀の悪い親子連れがいたが、やがて浴室は私一人の貸切になった。ぬるめの湯にじっくりと浸かり、山の余韻をかみしめた。それにしても、天気の悪いのは仕方ないが、ふるさとの名山に登ったという満足感には、決して浸れない一日であった。将来、是非好条件下での再訪を果たしたい。■ 越後駒ケ岳登山行程 |