Data No. 29 |
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八ヶ岳連峰縦走
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金曜夜、立川駅から、いつもの上諏訪行夜行列車に乗車。5:47、茅野駅に到着。6:05のバスで美濃戸口へ。素晴らしい秋の青空が広がっていた。 美濃戸口を7:00出発。緩やかに登る林道を歩く。ここは別荘地開発されている。7:45、美濃戸に到着し、休憩所でお茶をご馳走になり山道に入る。と、突然土方姿のアンちゃんに呼び止められる。「すみません、赤岳まで行く?」 「はあ、何か?」、「悪いけど初めてなんで連れてってくれない?」、「...と言われても...」。何だか厄介なことになりそうだ。他にも大勢登山者がいるのに、よりによって、なんでオレを...?アンちゃんはまるで山登りの格好をしていないし、一体何のために赤岳に行くのか。私には迷惑千万であったが、はっきりと断ることも出来ずにいたところ、アンちゃんはもう後について来はじめた。その強引さに、私は閉口した。 聞くと、彼は地元諏訪の大工さんで、赤岳頂上小屋から屋根の修理を頼まれたものの、山登りなど経験が無く、車道の終点で、同伴してくれそうな適当なカモを探していたらしい。私はそんなに良いカモに見られたか? ま、仕方ない。旅は道連れ世は情けの心境で、ポツリポツリと話をしながら一緒に歩く。 「山なんか登ったら落ちて死ぬんじゃないけ?」、「オラやだやだ山登りなんて!」、「重てえリュックなんかしょって何が楽しいんだべ?」、「ああ、ごしてえ!(苦しいという意味)」。色々ブツクサ言いながらも、人よりハイピッチの私のペースに、遅れることなく付いてくる。歩き易い土の上を歩くときは良かったが、次第に傾斜を増して、岩がゴロゴロした沢沿いになってくると、アンちゃんの革靴ではさぞ歩き難かったであろう。 森を抜け、岩がゴロゴロした水無沢に出ると、視界が急に開けて八ヶ岳連峰が青空の下に姿を現した。私は嬉しくて元気が出てきたが、アンちゃんといえば、「ええっ!あんな高い処へ登らんかい? オラ信じらんねぇ、ああごしてぇ〜!」と溜息をつく。「いや、此処まで来れば時間的に、もう半分だから、大したこと無いですよ」と慰める。このアンちゃん、登山こそ初めてだというものの、昔は陸上選手だったそうで健脚だ。やがて赤岳の山懐にある行者小屋に到着。美濃戸から約2時間歩いた。アンちゃんが冷たい缶ジュースをご馳走してくれた。鮮やかな秋色に染まった横岳の山肌を眺めながら休憩。此処から赤岳は急な登りだが、迷うことも無い一本道だし、目的地は常に見えているから、アンちゃんのガイド役から解放してもらい、私は予定通り阿弥陀岳に向かう。赤岳頂上でまた会いましょう、と分岐点で別れる。 【阿弥陀岳を経て、最高峰赤岳へ】 私にはいつもの単独行になったが、2時間も一緒に過ごしたアンちゃんと別れると、なんだか淋しくなった。すっかりアンちゃんの口癖が移ってしまい、「ごしてえ、ごしてぇ!」と呟きながら阿弥陀岳を登る。アンちゃんの向かう赤岳とは約60度の角度で離れながら、阿弥陀岳と中岳のコルに登り、そこから右側へひと登りすると標高2,806mの阿弥陀岳頂上だ。素晴らしい景色が待っていた。正面には権現岳から一際高い赤岳、そして横岳、硫黄岳を経て蓼科山まで続く八ヶ岳連峰の全容が長々と横たわり、南アルプスや北アルプスの一万尺のスカイラインが青空に浮かぶ。槍の穂先も良く見える。南には奥秩父山塊が大きく起伏し、富士山も見える。八ヶ岳は、日本で一番眺めの良い山ではないか。中部山岳地帯で見えざる山は無しという評判は本当だ。 阿弥陀岳で景色を堪能した後、赤岳へ向かう。中岳まで急降下し、赤岳の「ごしてぇ」急勾配を登る。10月とはいえ、お日様に首筋を焼かれ、汗は吹き出て、息も切れて「ごしてぇ」ことこの上ない。頂上直下の岩場を、鎖に掴まって乗り越えると待望の赤岳頂上だ。到着は12:37。八ヶ岳連峰最高峰、2,899mの絶頂からの眺めは、もう繰り返すまでもない。風もない赤岳頂上小屋の前で昼食を作る。アンちゃんは無事到着していて、もう屋根の上で仕事を始めていた。10日位滞在するそうだ。私は先ず、ビールでのどを潤し、ドライカレーとコーヒーでランチを楽しむ。それからおもむろに昼寝。夜行で寝不足の身体に気持良く、1時間半も寝てしまった。 今日の宿泊は、この頂上小屋でも良いのだが、風呂に入れるという赤岳石室の方に心が動かされた。頂上から北へ15分下り、15:15、赤岳石室に投宿。到着早々、一万尺の山で入る風呂は格別だった。小屋は混雑したが、畳一枚弱の眠るスペースはあった。泊り合わせた人達と、ビールを飲みながら楽しい語らいのひとときを過ごした。
10月4日(日曜) 5:00起床。朝食後、ヤッケを着て外に出る。5:40、怒涛のようにうねる奥秩父山塊の彼方から御来光が始まった。山並みの彼方のオレンジ色の空から、一瞬ピカッと光るものが現れると、音もなく静かに昇り始め、雲海がボーっと白く輝き始めた。素晴らしい完璧な御来光だ。下界は厚い雲の下に隠され、高い山々のみが雲を突き破って聳え、大海に浮かぶ島々のよう。今日も絶好の晴天だ。 6:10に赤岳石室を出発。北への縦走にかかる。横岳は痩せた岩尾根を鎖に頼りながら越えていく。ピリッと冷えた朝の空気を吸い込みながらのスリルのある岩場歩きは快適だった。6:50、標高2,835mの横岳山頂に到着。前日に増して空気は澄み渡り、遠くの山々がとてもきれいに見渡せる。振り返ると、赤岳がすっくとピラミッド型の山容を中空に聳えさせ、その背後には更に高い南アルプスの3,000m峰が貫禄の違いを見せつける。 岩尾根を下り、硫黄岳にかかる。横岳からは少し低くこんもりと優しい姿に見えていた硫黄岳は、見かけよりもきつい登りだ。標高2,742mの硫黄岳山頂は、広々としていて八ヶ岳連峰のほぼ中央に位置するため、眺めが良い。こんもりと見えていたこの山は、佐久側は荒々しい大火口跡が口を開けていた。その火口壁方向の麓を見ると、森の中にポツリと本沢温泉の屋根が見える。この火口壁が土砂崩れでもしたら、ひとたまりも無いと思わせるが、山というものはそんな簡単には崩れないのだろうか。 硫黄岳を下り夏沢峠に到着すると、森林限界の下となり、それまでのアルペンムードたっぷりの稜線から、深い森の中の歩きに変わった。何処が山頂か分らないような箕冠山を越え、根石山荘に辿り着くと再び森が消え、日陰も無い根石岳、天狗岳が姿を現した。僅かな登りで根石岳を越え、小さな吊尾根のようなところを辿り、東天狗岳(2,646m)に9:43に到着。ここで初めて大休止をとり、熱いコーヒーを飲む。此処まで来れば、後はもうひたすら下るだけ。たどって来た縦走路を満足感に浸りながら振り返る。蓼科山をはじめとする北八ヶ岳連峰もなだらかな稜線を見せていた。 【山で油断は禁物!】 これからはじっと我慢の連続となる長い下りだ。東天狗を急降下し、大きな岩がゴロゴロしているところを下ったのであるが、調子に乗って飛ばしていたら、何時の間にか林の中のけもの道に迷い込んでしまった。おかしいと思った時点で直ぐ引き返せば良かったが、また本道に合流するだろうと思ったのが間違いだった。二進も三進も行かない薮の中に入り込み、戻るべき道を見失ってしまった。我ながら気が動転した。薮の中で目標となるものが無く、15分ほども薮漕ぎをしただろうか。長い長い時間が経過したような気がした。やっとのことで迷い込み始めの細い道に出て、歩く人の声を頼りに本来の道ではないルートをよじ登って稜線に出た時は、本当にホッとした。しかし、ショックだった。よりによってこんな快晴の山で道に迷うなんて。ガスに巻かれていたり、夕方だったら、一体どうなってしまっただろう。しばらく動悸が治まらなかった。 12:10、黒百合平を出発。渋ノ湯へ向けて下る。鬱蒼とした森の中の道が延々と続く。凡そ1時間半歩き、13:25、この山行の終点である渋ノ湯に到着。温泉入浴し汗を流す。以前人に聞いた話では、この温泉は登山者の間では非常に評判が悪いらしい。今でこそ、お金を払えば風呂に入れるが、以前は登山者の入浴はお断りだったらしい。それでも、入浴料金がかなり高額だったことや、「玄関前で休むな」という貼り紙と、見張りのように玄関前に立っているオヤジの姿には、決して好感が持てず、さもありなんと思う。確かに勝手知ったる大半の登山者は宿には目もくれず、バス停前で休んでいた。 私はまあ、とにかく風呂に入って山の汗を流し、さっぱりした気分となる。14:55、茅野駅行バスに乗り、何かと思い出深い山行をしみじみと振り返りながら帰途につく。■
八ヶ岳縦走行程 10月2日(金曜日)〜3日(土曜日) 10月4日(日曜日) |