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Data No. 28

データ:
登頂日: 1987年9月20日
標高 1,925m
場所: 長野県
天候: 快晴
登頂時の年齢: 33歳
同行者: 単独行

 

信州 霧ヶ峰

 


【自然保護活動の闘いの舞台を訪ねる】

  新田次郎の小説「霧の子孫たち」で、この山域の自然保護運動に携わった人達の物語を読んだ。名前は優雅な「ビーナスライン」という、自然破壊の武器である観光自動車道を作らせまいと闘った地元の人々の、過去に実際にあった話だ。

  車を運転しない私は、観光収入を当てにして、そんな道路を作ろうという儲け主義の長野県当局の姿勢に、著者と同じ憤りを感じたものだ。結局ビーナスラインは霧ケ峰の核心部を大きく迂回するようにして作られたのだが、それによって老若男女が誰でも、この美しい自然に接することが可能にはなった。と同時に、心ない人々による自然破壊もジワジワと進行して行く。そんな霧ケ峰を初めてこの目で見る。

  土曜深夜、立川駅から上諏訪行夜行列車に乗り、日曜早朝5:47に下諏訪到着。直ぐに接続するバスで白樺湖へ登る。6:50、白樺湖畔に到着。辺りは濃い朝霧に閉ざされ寒々とした雰囲気だ。人気も少ない。また何も景色の見えない山登りになるのか、と気落ちしながら、旅館街を離れ霧ケ峰方面に、とぼとぼ歩く。

  ビーナスラインを横切り、「諏訪隠」という峠を目指す。周囲は草原で、登山道周辺には夏の名残の黄色い花が咲き残っていた。ガスが深くて地形が分らないが、時折足元のビーナスラインを走る車のエンジン音が空気を揺るがす。気持は暗かったが、峠を越える頃から頭上の白いガスが次第に薄くなってきたようだ。緩い下り坂に入った途端のことである。まるで神様がフウッ〜と息で吹き払ったかのように白い霧が瞬く間に消え去り、真正面に巨大な車山の姿が真っ青な空の下に現れた。思わず一人でワ〜ッと叫ぶ。何て明るい緑の山だろう、何て伸びやかな草原だろう、何て深い秋の青空だろう!

        
                      霧が晴れて突然姿を現した車山 

  霧が消えると、私の沈んだ気持は一気に明るくなった。足取りも軽くなる。勇んで車山の斜面に取り付き、スキー場のリフトが架かっている山の斜面を登る。頂上では、どんな素晴しい景色が待っていることだろう。

  息を切らせて登りついた標高1,925mの車山頂上で、私はもう一度大きな溜息をついた。足元には広大な明るい緑の草原が、島のように雲海の上に浮かぶ。そして雲の大海原を隔てて北アルプスが、一点の翳りもない青空の下に浮かんでいる。回れ右をすれば、蓼科山から続く鋸の歯のような八ヶ岳連峰が、打ち寄せる波の上に堂々とその姿を誇示する。全く、度肝を抜かれる絶景とはこのことか。

       
                     広大な霧ケ峰高原の彼方に北アルプス

 
                        長大な八ヶ岳連峰の雄姿

       車山頂上にて

  やがてリフトの運転が始まった。絶景を眺めて小休止後、観光客で混雑する前に足元の草原に向かって急斜面を駆け降りる。草原を渡り、再び緩く登り返すと、その名前も可愛らしい「蝶々深山」だ。山というほどでもないその山頂を後に、広い尾根のような草原を更に下る。

     取り残されて迎えを待つ宇宙人のような「物見岩」

  ひょっこりと、「物見岩」という、大きな岩が積み重なった処に出る。誰も居ない草原で、その岩は、置き去りにされた宇宙人が迎えの宇宙船を待って、虚空を見つめているよう。私には本当にそんな姿に見えた。

  
                         八島湿原の池塘

  起伏の多い草原を更に下ると、池塘の点在する八島湿原に出る。木道が敷かれた静かな湿原を散歩気分で歩く。夏にはニッコウキスゲが咲き乱れる所だそうだ。八島湿原を過ぎるとビーナスラインに合流する。「八島高原」という観光客が屯する賑やかな場所を素通りし、鷲ヶ峰を登る。

  秋空は気紛れだ。あれだけ晴れ渡っていた空は曇り出し、鷲ヶ峰の頂上からは、もうあの素晴らしい遠望は得られなかった。しかし、今日歩いて来た車山、蝶々深山、八島湿原がまだ足元に大きく広がっていて、私に大きな余韻を残してくれた。

       
                      鷲ヶ峰山頂から見下ろす八島湿原と車山

  マイカー族は、こんな景色を鼻歌混じりで眺めながらビーナスラインをドライブして行くのだが、私はこれからバス停まで延々と歩かねばならない。八島高原から、来た道を左手に見送り、旧御射山(もとみさやま)を目指す。湿原を歩き続けてたどり着いた旧御射山には、鎌倉時代に流鏑馬(やぶさめ)が行われた御射山遺跡がある。そんな昔にも、このような山の上で人々は活動していたのかと驚く。

        鷲ヶ峰を振り返る

  歩き疲れて一刻も早くバス停に着きたかった。一旦ビーナスラインに沿った道はクヌルプ・ヒュッテという建物から暗い森の中を行く。今日の行程で唯一の暗い樹林帯であり、疲れた足も自然と速まる。再び明るい草原に出ると、ビーナスラインとドライブインが見えたが、まだバス停は無い。係員にバス停の場所を聞き、棒のようになった足を引き摺って歩く。ようやくたどり着いたバス停で小一時間待ち上諏訪行のバスを拾う。

  上諏訪駅で特急あずさの指定席を確保し、駅のホームにある出来たばかりの温泉露天風呂に行く。露天風呂といっても、浴槽は小さくて四囲を高い柵で囲まれ、開放的ではない。それでもクタクタに疲れた身体を湯に浸すと、極楽気分で、パンパンに張った足の筋肉がほぐれてくる。目を閉じると、好天に恵まれて、せっせと歩いた今日一日がとても充実したものに思えてくる。雲海に浮かんだ北アルプスの絶景がまぶたの裏で走馬灯のように流れていく。■

 

霧ケ峰ハイキング行程

9月20日(日曜日)
立川駅0:35 ==(中央線各停夜行)== 5:45 下諏訪 6:00 ==(バス)== 6:50 西白樺湖 7:20 --- 8:30 車山頂上 9:00 --- 9:25 蝶々深山 9:30 --- 9:40 物見岩 --- 10:15 鷲ヶ峰 11:10 --- 11:35 八島 --- 11:55旧御射山 --- 12:40 強清水バス停 13:25 ==(バス)== 14:01 上諏訪 14:30 ===(特急あずさ26号)=== 16:23 八王子 === 17:50 入間帰着


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