Data No. 25 & 26 |
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立山 ・ 剱岳
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ハラハラドキドキ、憧れの山へ 剣岳は長い間憧れていたが、「危険な山」という印象があって、後回しになっていた。岩壁をトラバースしたり、切り立った壁をよじ登るので、一般ルートでも初歩的な岩登り技術を必要とするなど、そういう経験の浅い私を躊躇わせるには、充分な情報ばかりであった。しかし、日本を代表する岩山で名前も威風堂々としている。この山は直接故郷の新潟県には関係ないが、そのルート上にある名山であるからか、大阪と新潟を結ぶ寝台特急の名前は「つるぎ」と命名されている。 8月12日(水曜日) 5:04、夜行急行アルプス1号で信濃大町に到着。今回はいつもより厳しい山に登るからと、奮発してグリーン車に乗った。お陰で、ぐっすり眠れた。 最後尾のバスに載せられたストレスは、ケーブルも、ロープウェイも、乗り換え時に走って全部一番に乗って解消した。麓や黒四ダムの景色などを楽しんでいる時間なんて惜しいのだ。 立山三山縦走 大半の人は雄山の方向に歩いて行くが、私の目的は立山三山完全縦走なので、標識を頼りに先ずは「浄土山」を目指す。視界も利かず岩だらけの道の登りは心細かった。ひたすら心の中で「六根清浄」を唱えて頑張る。45分の頑張りで辿り着いた浄土山(2,802m)の頂上は視界ゼロに近かった。幽かに龍王岳の輪郭だけが南に見えていた。五色ヶ原を経て薬師岳方面に向かう人がかなりいる。 高山植物に慰められて浄土山を下り、次に目指すは立山本峰の雄山である。祈りが効いたのか、次第に視界が利いてきて、頭上には圧し掛かるような雄山の岩峰が輪郭を現す。それにへばり付くように、大勢の登山者がアリのように登っている。浄土山を降りた鞍部にある一ノ越山荘に着くと、ワンサと人がいた。子供連れやら、高齢者グループやら、外人の軽装グループやら、まるで帰省ラッシュの上野駅のよう。れっきとした3,000m峰に、花見風情の人々と一緒に登るので違和感を覚えてしまう。きつい一本調子の急坂にかかると、遅いのに道を全く譲ろうとしない人や、どうせバテるくせにガツガツと人を追い越そうとする奴らに囲まれて、私はきっとしかめっ面をしていたに違いない。そんな雰囲気がイヤで、私自身もハイピッチで雄山頂上まで僅か30分で登ってしまった。 雄山頂上には、雄山神社の社務所があり、大勢の人がいた。最高所にある拝殿には、300円を払って順番待ちをして登る。信仰心が薄くても、一番高い山頂に行ってみなければ話にならない。最近の測量見直しで晴れて3,000m峰の仲間入りをした、3,003mの雄山頂上拝殿では、お祓いを受け、お神酒をいただいた。お祓いを受けている最中に霧が一瞬晴れて立山最高峰の大汝山が見えたが、カメラを出して撮影する場合ではなかった。 お祓いを受けた後、昼食を済ませ、大汝山方面へ向かう縦走路に足を踏み込むと、嘘のようにパッタリと観光客の姿が消えた。立山の最高地点は、ここから僅か30分足らずの大汝山なのだが。私は大いに喜んだ。岩だらけの稜線を緩く下って緩く登り返すと、正真正銘の立山の最高地点、標高3,015mの大汝山である。霧で何も見えなかったが、バッジを買いに立寄った山小屋で、管理人の話し相手にしばらく捕まってしまった。私としては先を急ぎたかったのだが...。 大汝山を後に、霧に巻かれた稜線を黙々と歩き、真砂岳山頂を踏み、別山の頂上を踏む。進行右手には急峻な雪渓が落ち、時折霧の晴れ間に遥か足元の黒部湖が覗いた。別山から左に進路をとり、剣沢に向かって下降を開始する頃から、次第に空が明るくなって、暖かい陽が射してきた。そして、やがて霧が晴れた。剣沢のテント村や雪渓と剣岳が姿を現す。雲の帽子を被った剣岳は、どす黒い巨大な岩の要塞であり、不気味な姿であった。あんな凄い山に本当に登れるのかな、と不安になる。 チングルマが咲き乱れる斜面を下り、賑やかな剣沢小屋を通過し、一番剣岳に近い剣山荘(けんざんそう)に着いたのは15:00であった。小屋は思ったよりも空いていて、ゆっくり休養できたし、夕食も美味しかった。同室の人々から剣岳の情報を聞く。 大感動の剣岳登頂! 8月13日(木曜日) いよいよ剣岳を目指す。朝4時に起床し、そそくさと弁当を食べて5:05出発。剣山荘の裏側に圧し掛かるように聳える「一服剣」への登りにかかる。幸い天気は昨日よりも良い。右手に後立山連峰の鹿島槍や五竜岳がくっきりと輪郭を見せていた。しかし、雲の流れが速く予断は許さない。いきなり岩がゴツゴツの急坂だ。 一服剣に立つと、目の前に溜息が出そうなほどに険しい「前剣」が立ちはだかる。相当な労力を強いられそう。何時の間にか再び雲が厚くなり、どす黒い岩肌が冷たそうにガスにまかれている。あ〜ぁ、今日も天気はダメか...。しかし、前剣の登りは苦しかったが、身に危険を感じるような箇所は無かった。一歩一歩着実に高度を稼げば、頂上が逃げてゆくことは無い。思ったよりあっけなく前剣に立った。 さて、ここから頂上までが、数々の難所が控える剣岳の核心部である。剣山荘で同室だった川口の青年(K君)と前剣から一緒になり、頂上を目指す。連れが出来たら、それまで自分の心を支配していた「怖い、落ちたらどうしよう」という後ろ向きの思考はサッパリと消えた。それどころか、これから体験するであろうスリルが楽しみにさえなったのだから不思議である。私は自分自身に「怖い山に行くんだぞ」という暗示をかけ過ぎていたのかもしれない。 麓を見下ろすと、さすがに凄い高所に登ってきたことを実感する。前剣から緩く下り、岩峰を一つ越すと「門」と呼ばれる、鎖を頼りに岩場をトラバースする箇所が現れる。一瞬緊張させられたが、取り付いてみれば、手掛かり足掛かりは、丁度良い具合に配置されていて、難無く通過。K君と、山の話をしながら岩場を歩いていれば怖いと感じているヒマなど無かった。それでも、進行右手には、急な雪渓が直線的に奈落の底に落ちていた。手を使い、鎖に頼って、どんどん岩場を越して行くと、いよいよ最難関の「カニノタテバイ」のある平蔵のコルに着く。 怖かった登りの苦労が報われ、アルプス一万尺の絶景を楽しむ。剣岳の標高は2,998mで、3,000mに僅か2m足りない。その分は両手を空に掲げてバンザイをすれば、自分の手先は3,000mの空気を掴める。K君とのんびりと日向ぼっこをしながら食べたオレンジがとびきり美味い。 45分ほど休憩後、下山にかかる。剣岳は前剣から頂上迄、登りと下りがそれぞれの一方通行となっている。登りの「カニノタテバイ」に対して、下りは「カニノヨコバイ」という難所がある。崖の下の絶壁を見ながらのヨコバイの方が、タテバイよりも怖かった。どういう訳か、我々が下山を開始した直後から頂上は再びガスに巻かれ出した。他の人には悪いが、これだけ都合良く天気が贔屓してくれると、私の人生もまだ捨てたものではなかろう。K君と話をしながら、のんびりと登りとほとんど同じ時間をかけて下った。 別山乗越の剣御前小屋に到着と同時に、激しい夕立になった。旧盆休みで人出もピークとなり、かなりの登山者が剣沢方面に下って行ったが、皆どうしただろう。土砂降りの雨は2時間ほど続いたが、夕方になって再びカラリと晴れ上がった。そして、私は初めて山頂まできれいに見える剣岳の全容を目にすることが出来た。この日は剣御前小屋に宿泊。 8月14日(金曜日) 夜半から再び雨が激しく降り続き、朝になっても止まなかった。これから剣岳を目指そうという人々はひどく落胆している。既に好天下に登頂を果たした私に同室の人々から羨望の眼差しが集まる。K君は予定通り、薬師岳方面へ縦走に出発した。同室の人達の中には、日程に余裕が無いのか、早々に剣岳を諦めて下山をする人もいた。私もこのような天気では、予定していた大日岳を諦め室堂に下る。 10:50、観光客でごった返す室堂ターミナルをバスで離れ、富山へ向けてアルペンルート後半の乗り物を楽しむ。猛暑であろう下界に降りるのが億劫だった。高原バス、ロープウェイ、電車を乗り継ぎ、富山駅から新潟行特急北越9号に乗車。長岡経由で十日町の実家に夕刻到着。やはり、真夏の下界はウンザリするほど蒸し暑い。途端に山上の爽やかな乾いた空気が恋しくなる。■
立山、剣岳登山行程 8月12日(水曜日) |