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那須岳 (連峰縦走)
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煙吐く那須岳へ 近頃は秘湯の露天風呂がブームになって、この連峰の麓にある「三斗小屋(さんとごや)温泉」も、たびたびテレビ番組等で取り上げられていた。登山客に親しまれている大自然の中の秘湯である。この温泉に一泊して那須連峰を縦走するコースを歩く。 6月6日(土曜日) 武蔵野線経由で浦和に行き、6:28発の黒磯行に乗り終点までひたすら寝不足解消に努める。賑やかな黒磯駅前から、9:05発の那須岳ロープウェイ行バスに乗り、森の中を抜け、硫黄の香り漂う湯元温泉を過ぎ、ヘアピンカーブの急坂を登って行く。車窓には、青空の下、荒れた山容の茶臼岳をはじめとする那須連峰が大きく迫る。10時ロープウェイ駅に到着し大勢の客がロープウェイ乗り場に吸い込まれてゆく。 私はこの茶臼岳を左側から巻くように付けられている登山道を歩いて登る。10:10出発。背の低いブッシュの中の道を歩くと「熊に注意」という立て札があった。一人で歩く私は急に心細くなる。しかし、直ぐにまたコンクリートの車道と大きな駐車場に出た。そこが車道の終点らしい。そこからの登山道は、3人並んでも歩ける程の広い砂利道で、前後にもちらほら登山客が見えるので、熊出現の恐怖は消えた。 行く手左側にはゴツゴツとした険しい頂稜を持つ朝日岳が聳える。緑の山腹、黒い岩、頂稜からの白い崩壊の痕が、青空に映えて素晴らしいアルペンムードをかもし出す。 道はやがて、朝日岳と茶臼岳の鞍部に向かって、茶臼岳の山腹を一直線に斜行しながら登って行く。ブッシュも完全に消え去り、活火山である茶臼岳の草木を寄せつけない登山道はお天道様を遮る何ものも無い。じりじりと首筋が焼け付き、汗も吹き出る。登り切った所が鞍部の「峰の茶屋」。小屋は荒れ放題で管理されている様子は無い。この鞍部から左に進路を取り、茶臼岳を目指す。 灰白色の火山礫に覆われた急傾斜の登山道は歩きにくい。そして暑い。火山の地熱か、太陽の反射熱なのか。足元からも空からも「熱さ」が容赦なく襲ってくる。登山道脇の岩の割れ目からは、所々硫黄の臭いと共に噴気が上がっている。 傾斜が緩むと大きな火口の縁に出る。頂上はこの縁の一番盛り上がった所らしく大勢の人がたむろしている。そこをめがけて歩く。11:30、遠足の中学生が賑やかに陣取っている茶臼岳頂上に到着。標高は1,898m。標識の前で記念写真を撮り、喧騒を避け、大きな岩の上に登って休憩する。幸い、この岩は私一人で占領出来て、清々しい空気を独占する。茶臼岳の巨大な火口跡を見下ろし、明日足を踏み入れる北に伸びる那須連峰の稜線を眺める。西の方角には、会津、日光、上越国境の山々が、何処までもうねっている。 連峰最高峰の三本槍ヶ岳
賑やかだった茶臼岳とは打って変わり、ここは全く静か。振り返れば茶臼岳は、焼け爛れた巨大な焚き火痕のようであり、いつまた噴煙を上げても不思議はないような姿。反対側には、全く名前にはふさわしくない、まろやかな姿の三本槍岳が悠然と聳えていた。 初体験だった露天風呂! 今宵の宿、三斗小屋温泉を目指す。朝日岳から北進し、熊見曽根という分岐点から左へ下る道をとる。隠居倉という小ピークを越すと、あとはひたすら樹林帯の中の下りだ。稜線は見晴らしが利いていたが、樹林帯に入ると再び「熊に注意」を思い出して、足音を大きめに早足で下る。やがて、沢からお湯が湧き出す所を過ぎ、薄暗い道を更に下って行くと、ひょっこりと、まるで別世界のような鄙びた造りの小屋が現れた。三斗小屋温泉に到着だ。二軒の宿があるが、露天風呂で有名な「煙草屋旅館」を選ぶ。まだ時間は午後2:55であった。 温泉旅館といっても、山小屋同然なので、予約無しでも泊めてもらえる。あてがわれた場所は、4畳半位のゴザ敷の小部屋で、ルームメイトは陽気な65歳くらいのホラ吹き爺さんだ。直ぐに親しく会話を交わしたが、自慢げに話す体験談は、何処まで本当か分らない。 早速初体験となる露天風呂に行く。缶ビールを買って、建物の脇を上がって行くと、新緑の山の斜面の一角に、陽光に燦燦と照らされた大きな浴槽があり、10人位の男達が賑やかに入浴していた。初めてお日様の下で衣服を脱ぎ、そよ風に全身を包まれながら、かすかに白濁した熱めの湯に身体を浸す。ジワーッと湯の熱さが身体に沁み渡る。ああ、気持ちが良い。これが露天風呂というものか...。歩き疲れ強張った筋肉が快くほぐれてゆく。首から上には涼風がそよ吹く。新緑の谷間の向こうは会津の山だと誰かが教えてくれた。屋内大浴場と違い、何と解放的で何と野性味があって何と爽やかな入浴だろう。一発で私は露天風呂の魅力にとりつかれた。まだ陽の高い初夏の午後、涼風の心地良い露天風呂で、2時間ほど過ごした。 夕食は食堂で、ホラ吹き爺さんと一緒にとる。客は20〜30代の登山者と、湯治らしき高齢者が大半である。ホラ吹き爺さんはここでも熱弁をふるう。曰く、「オレはここでエイズ患者を見た。背中に大きなあざがあって、あれがエイズ患者のまぎれも無い証拠なんだ」、「前に此処の旅館に一週間泊って、この不味い飯を食べ続けたら、栄養失調になって十日も寝込んだ」などなど。今宵のメニューは、川魚の甘露煮や山菜がメインで地味な内容であるが、栄養失調になるほどの粗食でもない。周囲の人達も、苦笑とも失笑ともつかぬ反応を示しながらホラ吹き爺さんの話を聞いていた。 夕食後の2時間は露天風呂が女性専用となる。(他の時間は決して「男性専用」ではないが。)午後8時から再び男性が入れるようになる。眠る前もう一度露天風呂に行く。昼間に比べてずっと人が少なく、静かだ。頭上は満天の星空だ。明日も天気が良さそうだ。それにしても露天風呂は良いな、としみじみ思う。此処の温泉には電気が通じていない。ランプだけが唯一の明かりである。 6月7日(日曜日) 再び那須の稜線へ 5:00起床し、また露天風呂入浴。質素な朝食後、ホラ吹き爺さんに別れを告げ、再び那須連峰の稜線に向かう。引き続き快晴だ。熊見曽根まで登り返し、北へ進路をとり、「清水平」という草原を経て、那須連峰最高峰の三本槍岳を目指す。朝一番には辛い登りだ。今日の行程は長いので、じっくり行こう。 8:30、標高1,917mの三本槍岳の頂上に立つ。昨日の稜線では常にどこかに人の気配があったが、今日はめっきり人が減った。茶臼岳ははるか彼方に遠のいた。見はるかす、私が歩く予定の北へ延びる稜線は、気が遠くなるほどに長い。 小休止後、縦走を続ける。三本槍を下ると左手の足元に青い水を湛えた「鏡ヶ沼」が見える。三本槍を過ぎたら、全く人に出会わなくなった。あまりに淋しいのも嫌いである。美しい景色も、小心者にとっては、こういう山奥だけに気味悪くさえ感じてしまう。ひたすら先を急ぐ。 心細かった終盤の縦走路 標高1,723mの須立山(すだてやま)に9:30到着。ここで漸く反対側から縦走してきた高校生のグループに会い、ホッとする。須立山からはザラザラの急斜面を慎重に下り、深い樹林帯に入る。もう早く下山することしか頭にない。一時間ほど歩くと残雪のある「坊主沼」と避難小屋があったが、いつまで経っても人っ子一人会わないので、のんびり休憩しようという気にならない。縦走路も木の根を絡む歩きにくい狭い道だ。遠くからは険しそうだがスマートな山だった旭岳は山頂を通らず麓をトラバースして行く。 淋しさと心細さで気が狂いそうになる寸前の午前11時、漸く縦走最後の峰、甲子山(かっしやま)の頂上(標高1,549m)に到着。なんと其処には治山工事の作業員が10名程居た。私には涙が出そうなほど嬉しいことだった。もう、こんな淋しい鬱蒼とした密林の中をたった一人で歩くのは懲り懲りだ。人が居たので緊張が解け、小休止して、那須の稜線に別れを告げて甲子温泉へ向けて急降下を開始。 もう景色なんてどうでも良い。一刻も早く文明世界に戻りたい。しかし、そう考えれば、考えるほど、道程というものは長く長く感じる。途中で50歳位の男に追い付いた。昨夜同じ三斗小屋温泉に泊っていた人だ。気持ち悪い森の中を一人で歩くのもイヤなので、それからはその人の後ろを離れず近付かず歩いた。 甲子山から一時間半も下った頃、漸く甲子温泉に到着。しかしバス停のある新甲子温泉まで車道を更に40分も歩かねばならない。もう心配するものは無くなったが、足は棒切れのように草臥れた。暑い日差しに照らされて、ビールと風呂を励みに歩く。13:20、新甲子温泉のバス停に到着したが、幸か不幸か、あと20分で白河駅行の数少ないバスがある。これを逃すと次は数時間も無いので、涙を呑んで風呂とビールは諦めた。 白河駅から東北線上り電車に乗り、黒磯から16:04発の新特急なすの12号自由席に乗り込み、念願のビールを呷る。そして、ほろ酔い気分で目を閉じると、くたくたの私の身体は、浦和に到着するまで全く目を覚ますことを許さなかった。■
那須連峰縦走行程 6月6日(土曜日) 6月7日(日曜日) |