Data No. 16 |
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長年見慣れた赤城山へ 故郷越後へ向かう上越線列車に乗るたび、高崎が近付くと進行右手に赤城山が、左手には榛名山が、共に緩やかな長い裾野を引いて現れる。高崎線〜上越線は、これら二つの山に妙義山を加えた「上毛三山」の格好の展望列車である。山を眺めるには、中央本線にはかなわないが、素晴らしい路線だと思う。高架を走る上越新幹線が開通以来、車窓に遮るものが無くなって、高崎までに関しては更に眺めは良くなったが、高崎以北は直ぐに榛名トンネルに突入してしまうので、景色を眺める楽しみは無くなってしまった。10月のとある日、あの赤城山のてっぺんに立ってみようと、東飯能駅から早朝の八高線に乗った。 東京近郊の国鉄路線で、この八高線は一番不便であろう。のろのろと少し走ったかと思うと、列車行き違いなどで長時間停車を繰り返す。高崎迄の僅か70kmの距離に丸々二時間もかかる。遠回りでも上野から高崎線に乗った方が、早くて快適かも。退屈な八高線の旅が高崎駅で終り、両毛線に乗り換え、前橋駅に降り立ったのは8:46であった。駅前から9時丁度に出る赤城山大洞行のバスに一時間揺られ、赤城有料道路を駆け上ると赤城大沼湖畔に着く。 麓では綺麗な秋空が広がっていたのに、赤城頂上付近だけはすっぽりと白い雲の帽子をかぶっていた。そしてぞくっとするほど寒かった。バスから降りたのは、私以外は登山の老人ばかり。近頃の山はやたらと年配者が目立つ。若者は一体何処へ行ったのか。大沼湖畔には舗装された道路が走り、土産物屋や旅館が軒を連ねる。この赤城山の山頂部は、この大沼を取り囲むように幾つもの外輪山がひしめく。今日目指すのは、その中の最高峰、標高1,828mの黒檜山(くろびやま)である。 バス停から湖畔に沿って30分程歩くと、右手に登山口が現れ、陰気な林の中の急登が始まる。しばらく視界の利かない林の中を登って行くと、ひょっこりと尾根道に出て、足元に大沼の湖面が黒く光っているのが見えるようになった。大沼を囲む地蔵岳や鈴ヶ岳などの外輪山はもう目と同じ高さになっている。登山中、やたらと暴走族のバイクの音が喧しいと思っていたが、此処に来て初めてその騒音が暴走族ではなく、湖面を走る観光用のモーターボートの音だと分った。この尾根道をひと頑張りすると傾斜が緩み、あっけなく標高1,828mの黒檜山山頂に着いた。11:25、登山口から一時間足らず。 頭上を覆う雲のために、期待していた展望は全く無し。晴れていれば関東平野の北端に聳える山だから、素晴らしい眺めが待っている筈だったのに。山頂には数組の家族連れやグループが弁当を広げていた。私も不味いカロリーメイトとジュースを昼食の代りに胃袋に流し込み、しばし休憩後、山頂から退去する。どうも、あの絶え間ないモーターボートの騒音は、興醒め極まりない。 帰路は笹が茂り、紅葉が鮮やかな雑木林の尾根伝いの急坂をのんびりと下り、大ダルミの鞍部から少しばかり登り返し、標高1,685mの駒ケ岳に出る。ここも展望は無し。ええい、さっさと下ってしまえ。下りのルートを歩いていると、下界が近付くにつれて、ただでさえ消化不良の気分がますます憂鬱になった。湖畔に戻ると、マイカーや団体バスでやって来た観光客がワンサと居て、楽しく騒いでいる。 少し元気を取り戻し、売店で焼餅を買って食べ、予定よりも早いバスで下る。麓が近付くにつれて再び秋の青空が広がっていった。しかし、赤城山の頂上は、いつまで経ってもあの白い帽子を脱ぐことはなかった。■ 赤城山登山行程 1986年10月5日(土曜日) 入間市5:54 ==(西武)== 6:08 東飯能 6:12 ==(八高線)== 8:19 高崎 8:34 ==(両毛線)==
8:46 前橋 9:00 ==(バス)== 10:00 大洞 |