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Data No. 15

データ:
登頂日: 1986年8月29日
標高 1,967m
場所: 新潟・群馬県境
天候: 快晴
登頂時の年齢: 32歳
同行者: 単独行

 

巻機山

 


優美な名前の故郷の名山

  越後魚沼に生まれ育ち、上京後も頻繁に故郷に通ったが、登山に興味を持つまで、巻機山(まきはたやま)がどれなのか、どんな山なのか知らなかった。スキーを楽しむようになって、石打丸山スキー場から、盆地を挟んで越後三山の右側に、一際白く輝いて聳えている山が巻機山だと知った。故郷の山は、これまで苗場山と谷川岳しか登っていない。8月下旬、義兄から八海山登山を誘われ、二つ返事で話に乗った。どうせ六日町まで行くのなら、夏休みもまだ残っているので、もう一つ山を登ってみたい。そこで、巻機山にも登ることを決心した。

  「巻機山」という優美な山の名前は、その昔、村人が山中に機を織る美しい女神を見たという伝説から来ている。女神は山奥深く入って機を織り、月夜の晩には従者と共に山麓の里に降りて来るのだという。

  8月29日早朝、登山口まで、義兄がわざわざ車で送ってくれた。六日町から越後山脈の山懐へ向かって扇状地をほぼ真っ直ぐに伸びるR291を車で約30分。標高約740mにある清水部落の桜坂駐車場が、巻機山登山口である。

  巻機山は、牛ヶ岳(1,961.6m)と割引岳(われめきだけ、1,930.9m)を結ぶ山頂稜線の総称であり、これら二つのピークの中間にある最高地点(1,967m)には三角点も無く、名前も付けられていない。桜坂からは明るい緑色の割引岳の頂上が見えていた。標高そのものは日本アルプスと比べものにならないが、登山口から山頂までの1,300m近い標高差を考えると、間違いなくかなりのアルバイトを要求される。

  6:20出発。登山道は直ぐに二手に分かれ、右側が尾根道、左側が沢登りルート。私は当然、岩登り技術の要らない尾根道コースをとる。整備の行き届いた雑木林の中を登って行く。風が木々の葉を絶え間なくザワザワと鳴らす。人気の無い登山道はやはり気味が悪い。梢のガサガサという音と共に熊でものっそりと出てくるのではないかと不安が募る。傾斜は次第に急になっていったが、早く見晴らしの利く場所に出たくて、ハイピッチで登った。7:20、六合目の展望台に着く。割引岳とヌクビ沢が見渡せる。

    
   
  尾根道からヌクビ沢登りルートと割引岳を見る           展望の開けた尾根で、背後には北アルプスが見えていた

  8:00、七合目。いよいよ樹林帯が終わり、明るい緑の笹原が現れる。そして急に展望が開けてきた。魚沼丘陵を挟んで手前が六日町盆地、向うが故郷の十日町盆地だ。その後ろには米山が、西の彼方には残雪をいただいた北アルプスの白馬連山も見える。三週間前に歩いた稜線で、感慨もひとしおである。

  更に登り続け、山小屋を取り払ったような跡地に出ると、上の方からコーン、コーンと杭を打つ音が聞こえる。やっと人の気配があると思って喜んで登ってみると、6〜7人の男達が山腹に階段状の登山道を作る作業をしていた。山肌が広く禿げ赤土が露出して荒れている場所だった。登山者がルート以外の場所を踏み荒らさないようにする為であろう。登山者は一円のお金も払う訳ではないのに、大変ご苦労で、有難いことだと思う。
 

貸切だった巻機山頂上

  初めて人を見かけたことで気が楽になり、整備された階段状の道を気持ち良くもうひと登りすると、急に前方の視界が開けて、思わず息を呑むほどの景色が目の前に広がった。真っ青な空の下に、この上もなく明るい緑の草原となってうねる巻機山の頂稜が現れたのだ。「うわあ、きれいだ!」と思わず声に出してしまう。メルヘン世界の山のよう。アルプスや谷川岳のように険しい岩場があるわけでもなく、あくまで滑らかに丈の低い草木と笹原に覆われ、池塘が点在する。優しく心を和ませてくれる風景である。昔の人々が機織り姫の住む山と考えたのも、この優美な山の姿を見れば納得する。

     前巻機から仰ぐ山頂は、明るい緑の草原

  その自分の立っている場所が「ニセ巻機」と呼ばれる所であった。この失礼な名称は、悪天候や霧が深い時、よく登山者が此処を巻機山頂と誤認する為に付けられたという。正式名称は「前巻機」である。

  前巻機から少し下ると巻機避難小屋のある窪地。そこから20分程、池塘の点在する木道が敷かれた明るい草原を登り詰めると、頂稜の御機屋分岐点だ。頂稜に出た途端、猛烈な風に見舞われた。今日の予報では遥か北西にある台風に向かって、フェーン現象の原因となる南からの暖風が吹き込む。さぞかし麓は暑かろう。御機屋から右に進み、強風によろめきながら牛ヶ岳に向かう。途中のこんもりと盛り上がったところが巻機山の1,967mの最高地点らしいが、何の標識もなく、知らない人は気付かずに通り過ぎてしまう。

        
                    越後三山の展望、左から八海山、越後駒ケ岳、中ノ岳

  牛ヶ岳頂上(1,961.6m)からの展望は素晴らしいの一言。堂々たる越後三山の雄姿はもとより、新潟平野の霞の中に弥彦山がぽっかり頭を出し、その彼方には佐渡島が浮いている。南側の麓には奥利根湖の湖面が光り、日光や尾瀬周辺の山々がうねっている。辺りには私以外誰も居ないし、他に誰も登ってくる気配がない。それはそれで気分が良いのだが、記念写真を撮りたくても、誰にも頼めない。セルフタイマーを使おうとしても、風が強くてカメラを固定することも出来なくて困った。

  御機屋迄引き返し、今度は割引岳を目指す。一旦急斜面を降り、再び登り返す。牛ヶ岳より30分で標高1,930.9mの割引岳に到着。足元の清水部落が箱庭のように見える。ここは頂上が狭いながらも独立したピークである。ここで昼食にしようと思ったが、あまりにも風が強いので、窪地になっていた巻機避難小屋付近まで下る。

    
                   巻機山山頂は明るい草原

                 
                          魚沼丘陵を挟んで米山と日本海が見える 

フェーン現象の猛暑に追われて下山

  避難小屋へ下る途中、池塘の畔で親子連れが気持ち良さそうに昼寝をしていた。一体いつの間に来たのだろう。避難小屋は窪地にあるので風が当たらず、湯を沸かすにも丁度良い場所だった。お茶を入れて姉が作ってくれたおにぎりを頬張る。喉が渇いたので、水も随分沢山飲んだ。風が無いのが有難い反面、太陽にぎらぎら照らされてとても暑くなってきた。木道に寝転んで昼寝を試みたが、三分も経たずに身体全体が汗でぐっしょりになる。標高が2,000m近い山の上でのこの暑さは驚きであった。湿った蒸し暑さではなくて、乾いた熱風が上空を覆っているようだ。昼寝もままならぬ暑さなので、12:25に諦めて下山を開始。また改めて、ゆっくりとキャンプしてみたいような素晴らしい巻機の山頂である。まぶたにこの優しい山容を焼き付けて、前巻機に登り返してゆく。

  下山はスピードを上げた。朝の涼しかった登りに比べ、十倍以上汗をかいた。麓に近付くにつれて気温がグングン上昇しているのがはっきりと分る。汗を思い切りかいて、ハイピッチで歩いた為、ニッカズボンで股ズレを起こし、内股がヒリヒリ痛む。実際には小屋から一時間半で桜坂に着いたのだが、二時間も三時間も歩いたような気がした。桜坂から更に舗装道路を20分歩いて清水部落に着くと、ビールやジュースをがぶ飲みした。猛烈に汗を搾り出された分、水分はいくらでも身体に入った。

  六日町行のバスは、あと3時間もないので、バスのもっと多いところまで行くべく国道を歩き始めたら、後ろからきたトラックが停まって、運転手が沢口バス停まで乗せてくれた。越後の人は親切だ。猛暑の中を延々と歩かずに済み助かった。因みにこの日は新潟市で37℃を記録したそうだ。バスで六日町に辿り着くと早速ビールを買って、姉が家事に精を出しているアパートに着くや否や、またがぶ飲みした。
 

故郷の自然よ、いつまでも

  巻機山は実に素晴らしい山だった。此処は国立公園でも、国定公園でもなく、ただの新潟県立自然公園である。故郷のこんな素晴らしい山を今迄知らなかったのは、非常に勿体無いことをしていた。この山は秩父多摩国立公園の凡山よりも、遥かに美しく立派だと思う。しかし、有名になったが為に、人が大勢押し寄せて美しい大自然が破壊されるようなことになってもいけない。そうなったらこの山の魅力も山麓の村の素朴さも失われるに違いない。ましてこの山をスキー場にしてゴンドラを架けようという話が持ち上がっているが、とんでもないことだ。上手く自然を守って人々が自然に親しめるような観光地にする方法もある筈だ。決して目先の収入や利益にとらわれず、長期的視野で巻機山の自然を護ることが出来るよう、地元の人々の英知と慎重な対応を期待したい。■
 

巻機山登山行程

8月29日

六日町5:45 ==(義兄の車)== 6:10 桜坂 (740m) 6:20 --- 6:55 五合目焼松 --- 7:20 六合目展望台 7:35 --- 8:00 七合目(1564m) --- 8:40 前巻機(1861m) --- 8:50 巻機避難小屋 9:00 --- 9:25 巻機山頂上 (1967m) --- 9:38 牛ヶ岳(1961.6m) 10:05 --- 10:35 割引岳(1930.9m) 11:00 --- 11:20 避難小屋 12:25 --(往路を戻る)-- 13:55 桜坂 --- 14:15 清水部落 (600m) 14:30 -- ==(トラック便乗)== 14:50 沢口バス停 15:08 ==(バス)== 15:25 六日町


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