Data No. 4 |
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雲取山 |
雲取山(くもとりやま) 記事①: 記事②: |
32年ぶりの雲取山へ 『東京のビルの谷間から、はるかに望む雲取山や飛竜山、秩父市から望む和名倉山などは、いわゆる奥秩父といわれる山々の一部だが、特別に印象に残る山には見えないであろう。秩父の山の持つ良さは、このように遠くから眺めて楽しむのではなく、そのただなかに入ってこそ味わえるものなのだ。』(雲取山荘ご主人、新井信太郎氏の著書「雲取山に生きる」より) 新井氏の仰るとおり、このエリアは、遠くから眺めて、「あっ、○○山が見える!」と歓声を発しながら指差されるような峰は少ない。私自身、40年近く山歩きをしていても、この奥秩父山塊の峰々は、それぞれの特徴が乏しいので、本当に山座同定が難しい。 それでも、私の住む埼玉県南西部の開けたところからは、良く晴れた日には、富士山は別格として、大菩薩嶺、雲取山、武甲山などは、特徴の乏しい奥多摩・奥武蔵連嶺の上に、やや抜きん出た形で姿を見せてくれる。それぞれ思い出のぎっしり詰まった山々を見ながらウォーキングするのは、私の大きな楽しみだ。 近年、山の楽しさに目覚めた旧勤務先の先輩らをご案内し、近場で満足度の高かろう山として、私としては32年ぶりに雲取山を選んだ。 幾つもの峰を越えて 5月12日の土曜日の昼近く、埼玉県側の登山口、三峰神社駐車場から雲取山へ向けて出発する。このコースは32年前と同じもの。そのときは雲が多くて、目指す山の姿は見えなかった、というよりも、何が何山なのか、まったく知らなかったのが本当のところ。 前回、若かりし頃の私は、雲取山直下の山小屋まで4時間で歩いた記録があるが(当レポの下部)、同行の二人が私より年配なので、今回は、ゆっくりじっくり歩く。とはいえ、ガイドブック的な記載は止めておきます。3つの峰を登ったり下ったりのコースを、大休止を含めて約6時間半かけて歩いた。この行程は、片道約10.2kmとのこと。 夕方5:40、待望の雲取山荘に到着。久しぶりの長時間歩行で、アップダウンの繰り返される山道だったので、先輩の一人が途中で足をつらせるなどのハプニングもあったが、そこは根性で乗り切ってくれた。晴天の約束されている明日の登頂に向けて、ゆっくりと山小屋の滞在を楽しみ、身体を休める。 超絶景の雲取山山頂 泊った翌朝は、4:30に山荘前から日の出を拝む。5時過ぎに朝食をいただき、荷物は玄関にて預かってもらい、空身で(但し、登頂祝いだけは持って)、5:45に山頂へ向けて出発。 山頂へは、シラビソの林の中、凡そ30分の登りだ。山頂では、息を呑む、すばらしい大展望が広がっていた。しかし、山荘での朝食後、大勢が短時間で山頂めがけて出発したので、大変な賑わいだ。山頂看板前での記念撮影なんて、しばらくは無理。絶景を目で楽しみながら、人出の落ち着くのを待ちましょう。 この季節としては、空気がとても澄んでいて、富士山や南アルプスの他に、東の方角には目を凝らすと開業間近となった東京スカイツリーも聳えている。しかし、だ~れもこの方角には関心を払わないのが不思議。私が、「あ、スカイツリーが見える」と声を上げたら、そばに居た家族連れが「うっそ~」とでも言いたげな表情で、私の指差す方向を凝視し、喜びの声をあげた。いつも思うんだが、山登りをする人って、麓の景色には関心が薄いのかな...。 大賑わいだった山頂も、先を急ぐハイカー達は長居をせずに、次の目的地へ向けて、どんどん降りてゆく。そして、ようやく山頂看板前の雑踏もまばらになり、我々も登頂の証の記念撮影ができた。今日の我々は昨日の往路を戻るだけ。せっかくの大展望を前にして、さっさと下るのは、あまりにももったいない。お神酒(?)をいただきながら、しばらく絶景を楽しもう。時間が許すのならば、何時間でも滞在していたい無風快晴で、桃源郷の山頂だ。 満足し、感謝して 同行の誰もが上機嫌で、幸せそうな顔をしてくれたのが、私にもとてもうれしいことだ。山頂から下り、山荘前でも名残のコーヒータイム。そして去りがたい気持ちで、昨日苦労した、10kmの往路を引き返す。 32年ぶりの雲取山は、前回がまだ何も知らない山の初心者であっただけに、私自身にも新鮮な発見が数多だった。確かに遠くから見て、決して見栄えの優れた山でも、目立つ山でもない。でも、アップダウンの繰り返される山道をあえぎながら歩き、山小屋で一夜を過ごし、山頂に立って、素晴らしい感動を与えてくれた。長い間、ご無沙汰してしまったが、きっと、またいつか来たくなるだろう。■
2012年5月13日
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② 下記は1980年10月10日~11日、雲取山初登頂時のレポです。 東京都の最高峰へ 近頃、すっかり山の魅力にとりつかれている。先週の谷川岳があまりにも美しく、素晴らしかったから、この連休もじっとして居られず、奥秩父の雲取山に出かけることにした。雲取山は東京都の最高峰であり、埼玉県、山梨県との境目に聳える山である。 10月10日(金曜日) 池袋7:35発の西武秩父行急行に乗車。早起きしたので、ゆっくり眠っていこうと思ったが、不幸にも喧しいガキ共の団体と乗り合わせてしまい甘い期待を裏切られる。西武秩父で下車後、秩父鉄道お花畑駅から三峰口行電車に乗り換える。板張りのオンボロ電車だが郷愁を誘う好ましい車両だ。18分程の乗車で終点三峰口に到着。其処からバスで大輪へ行き、ロープウェイで三峰山に登るのだが、連休初日の混雑の為、ロープウェイを40分も待たされた。 ようやく三峰山に着くと、観光客がわんさと居た。昼食をとり、雑踏から抜け出し、雲取山縦走路へと進むとパタリと人が居なくなった。ガイドブックによると、雲取山迄はおよそ15kmの道程であり、かなり時間がかかるようだ。登山道は歩き易い快適な道で、所々に休憩用のベンチがある。朝方晴れ上がっていた空はすっかり曇ってしまい、周囲の山々は霧にまかれて見えなくなった。山小屋に着く迄は雨が降らないで欲しいと祈る。 途中、三つの峰を越して行く。霧藻ヶ峰、前白岩山、白岩山であるが、霧藻ヶ峰が最も紅葉が見事で印象的であった。この山は昔、秩父宮殿下によって命名されたそうで、殿下のレリーフが岩に彫ってあった。ハイカー達はこの付近で、必ずといって良いほど紅葉をバックに写真を撮っていた。紅葉は綺麗だったが、霧で遠くの景色はまるで見えない。ひたすら我慢の歩きである。 初めての山小屋宿泊 三峰から約4時間、雲取山の中腹にある雲取ヒュッテに到着。時間はまだ16:30で明るかったが、頂上に立つのは明日にして宿泊申し込みをする。二軒ある山小屋の内で、こちらを選んだのは風呂があるからだ。部屋は三畳位のゴザを敷いただけの質素な造りで、横浜から来たという男と相部屋になった。以前、尾瀬でまるで旅館のような小屋に泊まったことがあるが、こういう本格的な山小屋に泊まるのは初めてだ。昔懐かしい木桶の風呂に入り、身体を温めて、夕食をとった後、薄暗いアルコールランプのぶら下がった部屋で、ルームメイトの男と山の話などに興じた。こういう文明世界から離れた小屋で一晩過ごすのもなかなか良いものだ。 20:00、消灯時間になったが、身体の疲れにも拘らず、私はしばらくの間目が冴えて眠れなかった。湿気た布団に包まりながら、真っ暗な戸外で吹く風の音が気になって仕方がなかった。
感動の雲取山頂から奥多摩湖へ下山 まだ明るくなる前に、頂上で日の出を見ようと起き出す他の登山者達が立てる物音で目が覚めた。外を見たら相変わらず曇っているので、日の出など見られまいと、私はもう少し眠る。ルームメイトの男は先が長いので早く出発した。 6:00、私もようやく頂上へ向かう。木立に囲まれた頂上への急な道を、ベテランらしいグループの後にくっついて、ゆっくりとした足取りで歩幅を狭くして登ったら疲れることも無く、至極快調に歩けた。山登りのペースとはこういうものか、と初めて認識し大きな収穫だった。今までの私のように、ただ勢いに任せてせっせと急いでいたのでは必ずバテてしまうだろう。 6:30、いよいよ標高2,018mの雲取山頂上に到着。空が曇っていたので期待はしていなかったが、素晴らしい景色が待っていた。雲は非常に高い所と、非常に低い処に浮いているだけなので、遥か彼方に雪を被った富士山が雲の上に浮かんでいた。他の人の話から、奥秩父山脈、八ヶ岳、南アルプスの山々が見えていることが判ったが、私にはどれがどれなのかは殆ど判らない。一人でぶつぶつと感激の声を発した。天気は更に良くなってくる。頂上でコーヒーを沸かし、ゆっくり一時間余りパノラマに見惚れた。 奥多摩駅から青梅線に乗り、予定より早く15:30に東長崎のアパート帰着。尾瀬を除いたら初めての泊りがけ山行は、私には非常に収穫があった。ベテランの後を歩いて覚えた疲れない歩き方、何も心配することの無かった山小屋の一夜など。多少は自分にもこれからの山登りに対する自信が付いたようだ。■
雲取山登山行程 1980年10月10日(金曜日) |