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Data No. 3

データ:
登頂日: 1980年10月4日
標高 1,977m
場所: 新潟・群馬県境(上信越高原国立公園内)
天候: 快晴
登頂時の年齢: 26歳
同行者: 単独行

谷 川 岳

 


憧れの谷川岳へ

  10月3日夜、上野駅9番線は登山客でごった返していた。22:11発長岡行普通夜行列車は、いわば尾瀬、谷川岳方面への登山列車である。発車1時間前からホームに並んでようやく着席出来た。熊谷付近までは勤め帰りの人々も加わって超満員だったが、高崎を過ぎると車内はようやく静かになり、登山客は思い思いの格好で身体を休める。沼田で尾瀬方面への客がかなり下車。午前2:52、新清水トンネルの中にある土合駅に到着。元気のいい山男や山女達がどっと降り、地上までの486段の長い階段を一斉に駆け上がる。

  息を切らせて待合室に辿り着くと、休みもせずにさっさとライトを照らして暗闇を歩き始める人も居る。大半の客は待合室で仮眠し、夜明を待つようだ。非常に寒かった。床に寝ている人はシュラーフにくるまっている。さすがに皆、ベテランらしく装備が良い。防寒の備えもなく、ガタガタと震えているような自分は、まだズブの素人なんだと痛感する。仕方なく、そこいら辺をうろうろと歩き回って気を紛らせた。空には満天の星がキラキラ輝いている。どうやら天気の心配はなさそうだ。

  5:00、空が少し明るくなる。待合室で震えているよりも、歩き始めることにした。舗装された道路を歯をガチガチ鳴らせながら歩く。頂上に着いたら寒さで参ってしまうのではないかと心配になった。途中、谷川岳遭難者慰霊碑の前で手を合わせ、ロープウェイ乗り場を横目に見て、西黒尾根登山口まで約25分。大分明るくなってきた。岩がゴロゴロしている林の中のいきなり急な山道が始まると、先程までの寒さなどすぐに吹っ飛んでしまった。噂通りのきつい登りである。それでも我慢して高度を稼いで行くと、麓の道から見上げていた山々が次第に対等の位置になってくる。朝日もぽかぽかと快い。一時間程急坂に喘いだ後、コーヒーを沸かしクッキーを食べて身体に力を付ける。効果はてきめんで、絶対にへこたれずに谷川岳の頂上を極めようという闘志が湧いてきた。

   
  これから登る西黒尾根と山頂                    マチガ沢の全景

  幾人かの人を追い越して歩いて行く。やがて樹林帯がぶっつりと切れて、正面に谷川岳の全容が現れる。思わず息を呑むほどの迫力と美しさだ。まばゆい緑の山腹に紅葉と黄葉が映え、マチガ沢を囲むようなシンセン尾根の尖った岩峰が濃い影を落とす。その山腹の西黒尾根に付けられた登山道は、気の遠くなる程の距離と傾斜を持って目の前に立ちはだかっている。遥か頭上の日本晴れの青空を背景に聳えているネコの耳のような頂上は、容易に行き着くことが出来ないのではないかと思わせる。私よりも先に出発した登山者がアリのように、急な尾根道を登っているのが見える。負けてはいられないと元気を出して、尾根道に取り付く。

  奥武蔵あたりの千メートル足らずの山を登るのとは違って、緊張の連続である。躓いて転んでしまったら一気に奈落の底へ落ちてしまうような所もある。登っても登っても岩だらけの尾根道は続く。しかし、一人では心細いものだが、今日の空は一点の翳りもなく陽光は全身に降り注ぐ。そして目を楽しませる美しい眺め。息が切れることさえ我慢すれば、精神的には充実感のある至極快適な登りだ。不思議と汗は多くはかかない。写真を沢山撮った。
 

快晴、絶景の谷川岳山頂

     
                       谷川岳山頂で

      谷川連峰は青空の下に明るく

  土合駅を出てから3時間40分。8:40に、待望の谷川岳頂上「トマの耳」(標高1,963.2m)に着いた。一体何が苦しかったんだろう。一体どこがきつかったんだろう。360度、全く何も遮るものの無い頂上で、それまでの苦しい登りの記憶が不思議と遠いものになって行く。遠く浅間山の噴煙、赤城、榛名、日光、秩父方面の山々、北に伸びる越後山脈。どれが何と言う山か判ったら、もっと楽しいだろうが、素人の私は、周囲の人が「あれが何某山だ、向こうが何某山だ」と言っているのを聞いて、「へえそうなのか」と感心するだけだ。昔登った至近距離にある苗場山でさえ、自分ひとりでは探すことが出来なかった。腹は減ったが、飯を食べるには時間が早かったので、コーヒーを沸かして飲む。そして風も無い暖かい頂上で、しばし昼寝ならぬ朝寝を楽しむ。気持ち良い眠りから覚めたら10時だった。何時の間にかどんどん人が増えている。

  天気は良いし、時間もたっぷりあるので、以前会社のHさんから聞いた一ノ倉沢のノゾキまで足を延ばしてみる。谷川岳双耳峰のもう片方である「オキノ耳」(こちらの方が標高は高い)を踏み、更に20分稜線を歩くと「魔の一ノ倉沢」の真上、「ノゾキ」に着く。恐る恐る身を乗り出して下を見る。ゾッとした。千メートルにも及ぶ絶壁の真上に私は居る。まさしく、新田次郎の小説に良く出てくる「指一本で人が殺せる場所」なのだ。二本足で立っていると恐いので、四つん這いになって写真を撮った。下の方からは、ロッククライミングをやっている連中の勇ましい声が聞こえる。声は聞こえても、姿は全く見えなかった。長く居る場所ではないと判断し、いくらか人の少ない「オキノ耳」に戻り、昼食とする。メニューは、おにぎり2個、コロッケ、卵焼き、インスタントラーメン、コーヒー2杯。気持良い山頂で難なく全部平らげた。

      
           ノゾキから一ノ倉沢を見下ろす                          クライマー憧れの岩壁

  食事が終わって一休みしても、まだやっと正午。もっとこの素晴らしい山の上に居たかったが、帰りの列車の本数が少ないので下山準備にかかる。トマノ耳はまだ大勢の登山者で賑わっていた。肩の小屋で登山記念バッヂを買い、天神尾根を下って天神平に出る。天神尾根は傾斜が緩く、これから登ろうというハイカー達にもまだかなり出会う。何しろゴンドラで標高1,300mまで一気に来れるのだから楽なコースである。中には、背広に革靴姿で「頂上はまだかね」などと私に尋ねたとんでもない人も居た。緑の笹原の斜面を下り約一時間で、尾瀬のような丸太を敷いた遊歩道に出る。

           
                        彼方の天神平へ向けて下ってゆく

  振り返れば、下ってきた谷川岳の頂上が、まばゆい緑に覆われていてとても美しい。名残惜しかった。世界で一番遭難による死者が多いという不名誉な記録を持つこの山に、私は絶好の条件で登ってくることが出来た。素晴らしい充実感を味わいながら、13:20、天神平のゴンドラ駅に着く。一遍に俗世間に戻ったような感じ。レストハウスからは音楽が流れ、テレビゲームの音が鳴り響き、老若男女の観光客がたむろしていた。

  観光客に混じってゴンドラで一気に麓に下る。土合駅の上りホームは地上にあるので、下りホームのように改札まで長い階段を登り下りする必要は無い。15:14の高崎行に乗り込むと、昨夜同じ夜行列車で来た人の姿が結構目立つ。水上駅で下車し、喫茶店で冷たいミルクを飲んでから、16:17発の急行佐渡4号に乗る。幸い車内は空いていて、快い疲れと満足感で、ぐっすり眠って帰京した。■

 

谷川岳登山行程

10月3日(金曜)〜4日(土曜)

上野22:11 ===(上越線、長岡行)=== 2:52土合
土合駅5:00 --- 5:30 西黒尾根登山口 --- 5:55 送電線鉄塔 --- 8:40 谷川岳頂上、トマノ耳(1963.2m)10:00 --- ノゾキ往復 --- 11:00 オキノ耳(1977m)11:50 --- 12:10 肩の小屋 --- 13:20 天神平 14:00 ==(ゴンドラ)== 14:20土合口 --- 14:40 土合駅 15:14 === 15:28 水上駅 16:17 ==(急行佐渡4号)== 18:40 赤羽

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